飲む・打つ・買う(1)飲む
三悪の始まり
飲む・打つ・買うは昔から男の三悪とされている。 飲むは酒を飲む。打つはバクチを打つ。買うは女を買うことであるが,これらは皆,度が過ぎれば悪なのであって,適当であればストレスの解消とか明日への活力,ひいては健康にも役立つそうである。 この男の分野に最近は女性の進出がめざましいと聞く。
酒は百薬の長と昔から言われているが,酒好きの人にとっては正にどんな薬にも代え難いモノなのであろう。 とにかく酒の飲める人は飲めない人に比べて楽しみが一つ多いのであるから、それだけでも幸せである。
私は若い頃は全く酒が飲めなかった。 懸命に努力したお陰で近頃は多少飲めるようになったが、いまだに酒の旨さがわからない。 日本酒は安い酒でも特選と称する高い酒でも味に変わりはない。 いや甘口の酒なら皆,上等の酒に感じるのである。 ビールはどの銘柄でも同じ味のビールである。 ウイスキー,ブランデーのたぐいになるとなおさらだ。 高いブランデー,ウイスキーは香の良いのはわかるが, 口の中に広がる旨味 とか,舌にとろける味 だとか,ビールだと,”喉越の味の違い”などと言われても全く見当もつかない。 しかし相手のいる場合,その能書きをさも分かった振りをして相槌を打っているだけである。
それでも最近は若い頃に比べると大分飲めるようになって来た。 三十年振りで会った友人と酒を飲むと
「山ア,ずい分,強くなったな」
とビックリされる。 先日もある知人と酒を飲んだら
「山崎さんは酒を飲めないと聞いていたが,これだけ飲めれば充分ですよ」
とからかわれた。私も最近はカラオケと共に酒も大分上達した?模様である。
三十年も昔の話
「お兄ちゃん,甲府のブドウ酒を買わないか? 納品したら五本ばかり余ったので安くしとくよ」
と、小声で,さも余禄した品物だから安く売るんだと言わんばかりの態度である。
二十歳くらいの頃で月給が五千円くらいの時代であった。 酒などそうそう飲めない。 酒好きの仲間と相談して,散々値切った挙句、一升瓶一本を買い,仕事が終わってから三人で飲んだのである。
それまで私はブドウ酒というものを飲んだことがなかった。 この赤みを帯びた液体はホロ甘く,実に口当たりが良く旨かった。 私は陶然たる心地となり
……気持ちよく酔うと言うことはこういうことなのか?……
と思ったのである。 ところがしばらくすると他の二人が
「このブドウ酒はどうもおかしい」
と言い出したのである。
「え? どうおかしいんだ?」
「いや、山崎がこれだけ飲んで顔があまり赤くならないのがおかしい。 これは酒じゃないぞ」
我々はブドウ液をブドウ酒と騙されて高く売りつけられたのであった。
昔はこの手のテキヤ商売が結構いたものである。 洋服など「デパートの納品物の員数が余ったから,安くするから買わないか?」と小声で,さも盗品でも持って回っているような素振りで声を掛けるのである。
散々値切って「どうせカッパライ物だろう。 もっと安くしろ」などと言おうものなら,ガラリ態度が変わり
「いつカッパライ物だと言った。 下手に出ればつけ上がりやがって,俺を誰だと思っているんだ。 警察でもなんでも呼んでみろ。 若造のくせに俺をなめるな」
これで気の弱い者はインチキ品を高く買わされる羽目となる。
現在の化学繊維は物が良くなり,洗濯をしても縮んだり,ダランとなったりはしなくなったが,昔の縁日や 大道の叩き売り,訪問販売といった背広,ズボンなどは大体がインチキ品であった。 だがこういったインチキ品は実に良く出来ていて、見ただけだは見分けがつかない。 縫込みのところから糸を抜き取ってマッチで燃やし、生地の糸がチリチリと丸まり、髪の毛の燃える臭いがすれば純毛、ボッと火がついて臭いの出ないのはスフ(昔の質の悪い化繊)と見分けるのであるが、巧妙な作り方をしたインチキ品は抜き取るところだけ、純毛を織り込んである手の込んだ品物もあったのである。
現在のように本物とニセ物との品質に差がないと言う時代ではない。 今はどうかするとニセ物のほうが本物より品質が良いということもあるそうだが、あの頃は本物とニセ物では品質に極端な差があったのである。
大道の叩き売りの口上が
「よっく見比べておくれよお客さん。 俺の持っているズボンは正真正銘の純毛だ。 こっちのズボンは、見たとこ純毛に見えるが、スフで作られたインチキ品だよお客さん。 インチキズボンは一回洗って股引、二回洗って半ズボン、三回洗って猿股・・・・」
まあ、これほどでないにしても、昔のスフで作られた背広やズボンは、洗濯をしてノリが落ちるとチジマル上にダランと形が崩れ、それは無残な代物であった。 ところが公然とこう言って売られている叩き売りのズボンがやはり一回洗って股引のものと同じ品質のズボンであったのである。
十数年も昔の話
一年振りで新橋の烏森にある小さな小料理屋に立ち寄った。店は昔のままであったが、代替わりし経営者が入れ替わっていた。
「以前、取引先の社長に連れられて、良くこの店に来ていたんですよ」
代替わりして一年くらいになると言う。 その社長が体を悪くしてから全く来なくなっていた。
代替わりしてから前の常連客だと言って来る客は一応警戒するそうだ。
「三本もボトルを入れてあったんだ。 一本くらいはサービスしろ」
と言い出す客が中にはいるからだ。
又、散々大ボラを吹きまくって「ママを気に入ったから、又、前のように来るよ」 と煽てておいて 「今日は持ち合わせがないからこの次一緒に払う」 と言って飲み代を踏み倒す客がいると言う。
客が一巡したとこだそうで、私一人である。 ビールを飲んでいるのであるが何となくギクシャクして、しっくりしない。烏森の飲み屋街には今でも新内流しが三人か四人回っている。ちょうど一人の新内流しの三味の爪弾きが聞こえた。
「あれ、あの三味の音は私の知っている師匠だ。 懐かしいからちょっと呼んで来てよ」
キザな台詞を吐いたが以前だって呼んだことがない。 だから誰が来たって初対面で同じなのだ。
着流しに角帯をきりりと締めた年配の中々粋な男振りの新内流しである。 昔は新内流しの中には道楽の果てに家も家族も捨てたと言う人が多かったそうである。
「やあ師匠、しばらくですね。 何年振りになるかな。 早速だけど懐かしいから一つ聞かせてもらおうか」
新内の明け烏だ、蘭蝶だ、と心にしっとりと来る名調子を聞いた後
「私も久し振りで師匠の糸で一節やってみようか」
またまた、キザな台詞を吐いて、都々逸から始まって端唄えとそして二上り新内の「うつぼ猿」を唄ったのである。 するとその新内流しの師匠が
「あ、旦那、思い出しました。 その節は大変お世話になりました。 又こちらにお出掛けの折はぜひ呼んでください。 お待ちしております」
と言い出したのである。
店に入って来たときは妙な顔をしていた。 「やあ、しばらく」 と言われたって初対面では思い出すはずがない。 なのに思い出さずとも思い出してくれるのは、さすが道楽のなれの果てである。 お陰で私はすっかり信用を博し、三人の女性に大モテにモテたのであった。
永年の夢
恵比寿のスナック「モア」に時々、虎の門の歯科医の先生がお見えになる。この先生はどういうものか、ジョニーウォーカーの赤ラベルしかお飲みにならない。 育ちがよいと言おうか、大らかな性格と言おうか、地球は常に自分中心に回っていると思っていらっしゃる。 しかしお得な人で回りに悪い印象を与えない人なのである。
ある時、七時頃店に入ってくるなり
「これからママを銀座へ連れて行く。 店は若い子に任せてすぐ行こう」
と言い出したのである。 ママは他の客の手前困惑して
「急にそう言われても困るわ。どうしても?じゃ、私一人じゃ行きずらいから誰かと一緒なら……」
苦し紛れに言ったらしい。
「そうか。それじゃ、…君、一緒に行かないかね」
と私に言うのである。 この先生とは時々顔を合わせ、世間話くらいはしているが、それほど親しいわけではない。 だけどこの先生を一つカラカッテやろうとの悪いイタズラ心が働いた。
「本当ですか?銀座で酒が飲めるんですか? 私は一度銀座で酒を飲んでみたいと思っていたんですが、先生、本当に連れてって下さるんですか? 今日はいい日だな。 永年の夢が叶えられますよ。これは嬉しいですね」
「君、銀座と言ったってピンからキリまであるんだよ。 心配しないでついていらっしゃい。それじゃ今日は私の行っているピンからキリまでを一通り案内しよう」
先生とママと私の三人は恵比寿銀座からタクシーで本当の銀座へと向かったのであった。
まず最初に寄ったのは会員制の大きなクラブであった。 中々豪華な作りである。
「なに、ここは安い店だから君でも安心して来られる店だよ。 まあ銀座へ来るようなことがあったら私の名前を言ってここで遊んで行きなさい」
四十分くらいで次の店へ移った。
「この店は銀座では中程度のランクかな。まあ少し無理かもしれないけど、覚えておくのも悪くないだろう」
この店でもジョニ赤であった。 ここでは若い女の子達から四十分ほどチヤホヤ言われてまた次の店に回ったのである。
次の店には電話で連絡したと見えて先方のママが迎えに来ていた。
「ここはちょっと高いよ。まず君たちでは無理だろうな。 だけどこういう店があると言うのを知っておくのも勉強だよ」
まあ銀座を三軒も連れて歩いて頂ければ何を言われても全く気にしない。 さすがに高いという店ではジョニ赤でなく、レミーを飲ませて頂いたのであった。
三軒回って約三時間、最後まで面倒を見るからと、又、恵比寿まで送って頂いた。 私は帰りのタクシーの中で
「今日は大変お世話になりました。申し遅れましたが私はこういう者です。今後ともよろしくお願いします」
と名刺を差し出した。
「あ、山崎さんですか。今度は山崎さんのホームグランドへ一度連れて行ってもらいたいものですね」
「先生、それならいつでも結構ですよ。 だけど私のホームグランドというのは、赤い提灯が下がっておりまして、その店の中では犬の肉か猫の肉か得体の知れない肉を串に刺して焼いているところなんですよ」
と言いながら、これはちょっと冗談がきつ過ぎたかなと思ったのである。 ところが先生は平然とまた、嬉しそうに
「いやー、山崎さん。 私は一度そういうところへいって見たいと思っていたんですよ。 ぜひ今度連れて行ってください」
我々なら、この一言で一本勝負あったである。 完全に私の逆転負けである。我々の仲間なら 「参りました」 と頭を下げるところであるがこの育ちの良い大らかな先生が、下々の輩の言うような皮肉など言うのであろうか? 私は疑問に思い、今でも決定出来ないでいる。
その後、半年に一、二回はお会いすることがあるが、大らかな先生の方からは 「山崎さん今度はおごってくれ」 とは絶対におっしゃらない。
私には下司の勘繰りがあるから 「先生、約束のところへご案内しますよ」 と言い出せないのであるが、先生はいつも陽気で楽しくしておられる。
先日、私の高校時代のクラスメートが胃ガンの手術で虎ノ門病院へ入院した。
幸いなことに偶然の早期発見で全く心配ないという状態で終了したのであるが、彼を見舞いに行っての帰り、歩いていたらあの先生の診療所が目に入った。
これは素通りする訳には行かぬ。
ご挨拶に立ち寄ったら、先生は大変喜んでくださり、応接間に美人の看護婦さんを呼んで
「山崎さんが来てくれたから、いつものコーヒーでなく、ホラ、あの特別のコーヒーあれを入れてくれ」
と命じ、おいしいコーヒーをご馳走して下さったのであった。
ショート・ショート
アイデア商品
耳の遠い人が補聴器を買いに行った。
店員が最上等の品を出して
「いかがでございますか?」
「こいつはいい、実に良く聞こえる。幾らするんだい?」
「五十円万でございます。これは純金で出来ておりますから」
「高くてとても手が出ないね」
「ではこちらですと銀製ですからグットお安くなりまして、二十五万円でございます」
「もっと安いのはないかね」
「ステンレス製ですと五万円です」
「五万円と言う金は君、大金だよ。もっと安いのじゃなくっちゃぁ…」
「そういうお客様のために、用意してある品物が御座います。これは三十円で結構です」
といって出したのは小さなボタンにナイロンの紐をつけたものだった。
「このボタンを耳の穴におはめになって、紐の先をチョッキのポケットにお入れ下さい」 「これでよく聞こえるようになるのかね?」
「そこでございます。この紐が耳から出ているのを見れば、どなたでも必ず今までよりは大きな声で話してくださいます」
因果は巡る
「お父さん、俺いよいよ結婚することに決心したんだ」
「そうかい、それはおめでとう。 ところで相手は誰かね?」
「お父さんも知っているだろう。あの美人のキャッシーだよ。 気立ても良い子だし」
「うーん。ジム、お前には可愛想だけどキャシーだけは駄目だ。 実は、ママにも内緒にしていたけどキャシーは私の娘なんだ。 お前とは異母兄弟になる。 彼女ばかりは諦めてもらわねばならん」
この意外な話にジムはショックを受け、自室にこもり、悲嘆にくれておりました。 そこへ母親が入って来ると、ジムににっこり笑って言いました。
「ジムや。心配しないでキャシーと結婚なさい。お前の本当の父親はお父さんじゃないのだから」
やきもち
画家がアトリエでモデルとお茶を飲みながら話しをしていた。すると彼の女房がやってくるのが窓から見えたのである。 画家は飛び上がるとモデルに
「早く急いで裸になって、服を着ている貴女を見たら女房がやきもちを焼いて何をするか分からないから」


