(三)買う
騙されるのも無理はない?
私の友人の木原さんのご両親が那須へ旅行した。四十年も昔の話である。丁度、那須の開発が始まり、別荘地があの手この手で乱売されだした頃であった。
木原のおじいちゃんとおばあちゃんが、この不動産屋に見事引っ掛かった。何があったのかは知らないが、帰ってくると息子の一郎さんに、「那須に土地を買うことにしたから、六百万円持って行って契約してきてくれ」 と言う。
一郎さんは那須の土地で騙されたという話しをいくつか聞いていた。 第一、まず値上がりなどは望めぬと言う。 年々確かに値上がりしている証拠はあるのだが、それは業者同士が作為的に売買して、その売買契約書などを証拠として使用しているのであって、素人が金が必要になって売りたいと言っても、買値の半値以下でしか売れない……とかの話しを聞かされていた。
「親父、何かうまい話に乗せられて騙されたな。 どんな事情で買うことになったかを聞いても一切言わないし、手付を流しても、解約した方が良いのではないかと言ったら 『男が約束をして来たのだから、お前は金を持って行けばよいのだ』 と言うだけで、後は口を聞かなくなってしまう。 お袋はウロウロするだけで何も分かっていない。 仕方ない。 親父が自分の金ですることだ。それにしても全く腹が立つ」
当時の六百万円は大金であった。ましてその頃の不動産取引は現金である。
万が一に備えて札束を腹に巻き、子供を連れての一泊温泉旅行の積りで出掛けたのであった。
上野で指定された列車に乗っていると、不動産会社の二人が乗り込んできた。この二人が一郎さんと子供に徹底的にサービスするのである。 彼は騙された金で旅行しているのだと思うから腹が立って笑顔も出ない。 ところが二人はそんなことにはお構いなく
「大分お疲れのご様子ですね。 肩でもお揉み致しましょう」
子供にはアイスクリームやみかんなど、お腹を壊すんじゃないかと心配するほど次から次へと買ってきてくれたり、本を読んでくれたり大変なサービスである。
那須へ着いて車で現地を案内される途中、牧場のそばを通ると
「お坊ちゃん、お馬に乗ってみますか?」
と言うと、どこからか、馬を引っ張ってきてポンと子供を乗せてくれるのである。あまりのサービス精神の徹底さに、騙された、騙されたと腹を立てていた彼は、いつしか
「これじゃ、 親父が 騙されるのも無理がない」
と思い込むようになったのであった。
しかし人間の運とはわからぬものである。 騙されて買ったと思っていたこの土地のすぐそばに、数年後、東北自動車道の那須インターチェンジが出来ることとなり実際に地価が十数倍に跳ね上がってしまった。
「いやー、欲とは恐ろしいもので、あの当時は元値でも買ってくれる人がいたら売りたいと思ったものですが、このように値上がりしますと売る気がなくなるものですね。 今では親父が騙されたのを喜んでいますよ。 ただ親父は私に『これくらいの先が読めぬようでは経営者失格』と言っておりますがね」
煽てたシッペ返し?
飲む・打つ・買うの題で、土地を買った話で終わったのでは皆さんを騙したことになる。 最初、飲むの項で書いた通り、買うは女を買うと言う無形なものを買うことであり、この場合、その他、有形のモノを買うことではない。 では本題の女を買う話に入ろうか。
ある取引先の協力会の旅行で伊香保温泉へ出掛けた。 二十数年前の、10月10日の金曜日のことである。
総会が無事終了し、懇親会の宴会へと移行したのである。 綺麗どころの芸者さんも十五名ほど集まり、宴たけなわとなって来たのであった。 この中に特別美人と言うほどではないが三十五,六歳の楚々とした感じの芸者が一人いた。 美雪姐さんとしておこう。
この美雪姐さんを居合わせた四人で協力会の会長にメチャクチャに煽て上げて、くっつけてしまったのである。
「美雪姐さん、この会長の大木さんは男っ振りはいいし、気風うが良くて金離れが綺麗だ。こういう人に真心で尽くせば最後まで面倒を見てくれる人だよ」
「寄らば大樹の陰の言葉通り名前がたいぼくだから、たいぼくにピッタリくっついて離れちゃ駄目だよ」
会長は囃し立てられても酒の勢いも手伝い、悪い気持ちはしないらしい。
「会長、美雪姐さんにこれだけ尽くされて、このまま返したんでは神田っ子の名が廃れますよ。 最後まで面倒を見てやってくださいよ」
大木会長はとうとう逃げられなくなってしまった。 宴会が終わってから
「じゃ、ちょっと付き合ってくるか、寿司でもつまんで来るけど、君達もどうかね」 「いやいや、お二人水入らずでどうぞ。 我々四人はこれから麻雀で勝負ですから」
会長の女好きは有名だ。邪魔をするほどヤボじゃない。 我々四人はとうとう会長をハメ込んでしまった。 大成功したと満足し、後は忘れてしまったのである。
翌日はこの会の懇親コンペであった。 私は取引先の社長と協力会の会長の組で第一組のスタートであった。 スタート前の雑談で、会長が親会社の橋本社長に 「昨夜の芸者が尽くしてくれましてね……。 彼女がいうのには、もう一晩、二、三人で泊まってくれたらどんな若い妓(こ)でも支度すると言うのですよ」
とポロッと喋ったのである。それを聞いた途端に橋本社長の目付きが変わった
「ほんとうか!?それは面白い。 どうせ明日は日曜だし、何も今日帰る必要はない。 もう一晩泊ろう。山崎さん、 あんたも残れ」
昨夜は我々が面白半分で煽てまくったのであるが、そのシッペ返しがこのような形で襲ってこようとは夢にも思わなかったのである。 残れと言われてもただの遊びとは違うのだ。 浮気遊びの仲間として、ご指名を受けるとは喜ぶべき事なのであろうか?
「お茶三年・酒三ヶ月・女三日」と言う言葉がある。 お茶での付き合いだと三年掛かる親密度が、酒を酌み交わしながらの付き合いだと三ヶ月で到達する。 それが一緒に女遊びをすると三日でお茶三年分、お酒三か月分より親しみを増すということだそうだ。
親会社の社長の命令は絶対である。 これだけの大義名分があれば、後日、家内にばれても何とか言い訳の方法はあるかもしれない。
ゴルフが終わってから三人で再び伊香保の温泉街へ引き返した。ところが連休を挟んだ土曜日である。 旅館・ホテルはどこも満室で空きがない。 大木さんが
「芸者なら商売柄、どこか顔の利くところがあるだろうから」
と美雪姐さんの家へ電話した。
「さあー、旅館でも、ホテルでも、どこでもいいから決まったら検番に電話ちょうだい。 連絡つくようにしとくから」
彼女もお座敷の時間が近づいている。 取り付く島もない返事である。仕方がない。 温泉組合の旅館案内所へ出向いた。
浮気には努力あるのみ?
「ああ、いいとこありますよ。だけどこの時間じゃ、ちょっと高くつきますけどね」
「一応見せてもらって決めるけど」
と三人で見に行ったら、民宿のような旅館のたった六畳一間で、一泊二食で一人一万八千円だと言う。
「いくら何でもひど過ぎる。足元をみるのもいい加減にしろ。 やめた、やめた」
と出て来た。
ここで先を読み、諦めて帰ればいい男、なのだが、それ以上のいい男「いい人ね(お人よし)」といわれる男はこのくらいではへこたれない。 後はホテルを一軒づつ当たって歩いた。 十軒目くらいのホテルで
「お客さん、運がいいですね。 今丁度キャンセルが出ましたので、ご覧になってお気に召したら宴会料理との二食付きで、お一人九千円にサービスしますよ」
宴会料理とわざわざ言うのが気に入った。 まあ実物は月並みの料理であったが…。
和室七畳半の他にベッド二つが置いてある部屋がついている。 これで九千円なら半値以下である。 二時間近く探した甲斐があったと言うものだ。
このホテルに落ち着いて七時頃、美雪姐さんへ電話を入れた。
「あら、こんな日によくそのホテルが取れたわね。 それじゃ、九時頃に二人連れて行くからお酒でも飲んで待っててよ」
との話である。
「まだ宵の口だ。先は長いんだ。 ひと風呂浴びて一杯やるか」
「ホテル代が安くついたから、特別料理を注文しよう。 山崎さん、ウィスキーはロイヤルがいいぞ」
焦るお客はカモ、カモ?
私は橋本社長に
「相方を決めておきましょう。 その場になってジャンケンと言うのもみっともないですから……。 だけど大木会長はまさか相手を替えると言うわけにも行かないから、美雪さんで我慢してください。 私は会長と兄弟になりたくありませんよ。ですから美雪さんのすぐ後から入ってきた人を私の相方とします。 最後に入ってきた妓が橋本社長のパートナーと言うことにしますが、それでよろしいですか?」
「よしよし、それでいい」
「社長その場になって、あっちがいい、こっちがいいと言っちゃ駄目ですよ」
「よしよし、わかった」
私は美雪さんの後ろから入ってくる妓は当然姐さん芸者だろう。 一番若い妓は
一番後ろから入って来るはずだ。 だからこの順番にしておけば、まず橋本社長には若い妓がつくだろうと考えていた。
九時十分頃、やっと美雪姐さんが
「今晩は、遅くなってすみません」
と入って来た。 その後ろから 「今晩わ」 と入って来た芸者を一目見てビックリ仰天。 年の頃なら四十と八、九。 お世辞にも美人など程遠い女性である。 当時の女房の方がずーっと若いのだ。 しかし日本での芸者遊びでは仕方がない。 韓国や台湾のように、気に入るまで相手を取り替えるなどは出来る芸当ではない。
「香織ちゃんはちょっと遅れるけど、もう間もなく参りますから」
九時半頃 「今晩は」 と入って来た妓を見れば、まごう事なき十九か二十歳、
若尾文子をうんと若くしたような涎の出そうな美人。
香織ちゃんを見て、橋本社長はイッペンに元気になった。
「何も慌てることはない。 揃ったところで飲み直しだ」
私は少しも慌ててなどいないのだ。 大木会長も昨日の今日では、いくら女好きでも全く持って慌てる必要はないのだ。 部屋に落ち着き、飲み直しに入ったところで、私は香織ちゃんに念を押した
「これからモーテルへ行って二万円ということになっているけど、承知しているね」
「はい、承知しております」
この可愛い顔から、よくこんな言葉が出てくるものだと不思議に感じた。
橋本社長は内心大喜びすると同時に、我々が可愛想になったらしい。 十時過ぎになって
「山崎さん、一曲唄いたいんだろう? これから唄いに行くかい?」
「あら丁度いいわ、香織ちゃんのお母さんがスナックをやってんの。 そのお店へ唄いに行きましょう」
私も大木会長も何とか時間を延ばしたいと考えているから依存はない。 ところが芸者は一枚も二枚も上手である。 完全に我々をカモと見た。 スナックへは真っ直ぐ行かず、まず寿司屋へ寄った。 我々はもう寿司など入るはずがない。我々がビールを飲み、彼女達が寿司を何個かつまむと
「おじさん、昨日のお勘定幾らだったっけ?」
「おう、幾らでもいい。 山崎、払ってやれ」
もう橋本社長は手が付けられない。 しめて二万八千円を払い、それからスナックへ行って、二、三曲唄ったら十二時を過ぎてしまった。 そろそろ時間も限界である。
虎口を脱す(本当に本心?)
「さてこの辺で出掛けるか」
「実は言いにくいことなんですが このスナックには滅多にお母さんが来る事はないのですが、今日はどういう風の吹き回しかお母さんが来ておりまして、もう十二時を過ぎましたので外へ出てはいけないと申しております。 だから今日はお付き合いが出来ません」
とヌケヌケと言う。 これでは親会社の社長の立場がない機嫌を損ねてしまう。
姉さん芸者の二人に
「こんな馬鹿なことがあるか、子供が着物を着て芸者をしているのではあるまいし、義理と言うものがあるだろう。 話しを付けてくれ」
十二時過ぎたら外出できない芸者など聞いたことがない。それなら芸者などやらせるなと言いたいくらいだ。 だが、姉さん芸者が幾ら説得しても埒があかない。何かが彼女の気持ちを変えてしまったらしい。
「全く、今の若い妓は芸者を遊びと考えているから困るのよね。 もうあの妓の面倒は見ないわ。 こうなったら香織よりもっといい妓を探します」
と言ったって、土曜日の十二時過ぎとあれば、良い妓が残っている筈がない。
橋本社長はメンツもあるから
「何も、そんなことが目的で来たんじゃない。 皆で面白く遊べたんだから、これでいいじゃないか。 もう帰って寝よう、寝よう」
と鷹揚に構えている。 こうでも言わなければ格好がつかぬだろうが、さすが外国を相手にしている人だけあって大物だ。
二人の姉さん芸者は
「悪いわねえ。 だけど山崎さん達はどうするのよ。 山崎さんだけでも出てきてよ」
「冗談じゃない。 社長が駄目なのに我々がそんなことが出来るか。 玉代は払うから、帰れ、帰れ」
「それじゃ、悪いけど十二時過ぎの玉代はまけておくわ。 だけど出て来れるようだったら何時でもいいから電話ちょうだい」
誰が出てなど行くものか。 もう温泉芸者に騙されたのでも何でもいい。これで完了出来れば安いものだ。
「危ないところ、おう助かった」
全くこの時ばかりは女に振られて心底嬉しく思ったのであった。
私は危うく虎口を脱したが、橋本社長は大魚を逃してしまった。 旨いものは味の変わらぬうちに早めに食うに限るようである。
ショート・ショート
うぬぼれ
若い者が五人ばかり集まり
「どうもこうただ、くっ喋っていても面白かねえ。一升買ってこようじゃねえか」
「うむ、それもいいが、この中で一番の色男におごらせるって趣向は」
すると一人の男、頭を抑えて
「それは迷惑なことだ」
マネービルの秘訣
K子が豪華なミンクのコートを着て会社へ出てきた。もちろん、全部の女子社員の羨望の的になった。T子はため息混じりに
「私なんか、この世知辛い世の中で、一人でいろんな人と戦いながら頑張っても、食うだけがやっとなのに、あんたなんか全く羨ましいわ」
するとK子は、鏡の前で、鼻の頭をパフで叩きながら
「その戦うのをやめれば、ミンクのコートなんか、すぐ手に入るわよ」
大物
新しいスポーツカーを手に入れた御曹司のマサヒコはガールフレンドのチャコを誘ってドライブに出かけた。
車が小さいので、並んで座るといやでもチャコのももが触れてきて、マサヒコはすぐ興奮した。横目でそれを見たチャコは人気のないところで車を泊めさせると、サッと木の茂みの方へ駆けて行った。
マサヒコがなかなか車から降りないので
「マサヒコさん、早く車を降りていらっしゃいよ。でないと私、気分がなくなってしまうわ」
と言うとマサヒコは情けなそうに
「僕は反対なんだ。気分が消えないと、つっかえて車から降りられないんだよ」
迷信なんか
ジミーは人妻のマリリンとよろしくやっていた。激戦の最中、特徴のある夫の足音を聞いたマリリン
「夫が帰ってきたわ。早く、早く窓から飛び出さなきゃ駄目よ。でないと貴女、殺されるわ。うちの人はとってもヤキモチ焼きの上、ドーモウでカーっとすると前後の見境がなくなるんだから」
慌ててベッドから飛び降り下着をつけるのもそこそこに、上着や靴を小脇に抱えながら窓際へ飛んでいったジミー
「だ、だってキミイ、ここは13階なんだぜ」
すると、手馴れた手つきで素早く着替えを終えて、鏡を見ていたマリリン
「それはそうだけど、迷信なんか、かついでいる時じゃないわよ」
倹約
愛妻家のフレッドが仲間に自慢した。
「僕の妻は、倹約家でね。昨日女房の四十歳の誕生日だったんだけど、ろうそくを三十本しか使用しなかったんだぜ」


