有り難や地獄を素通り
 入会したのが運のつき 
 私が目黒法人会に入会したのは昭和五十年であった。下目黒二丁目から三田の地に移転して間もないころ、三田地区の長老の方々が大挙して押し掛けてこられ、有無を言わさず入会させられてしまったのである。 そんな状態であったから、目黒法人会は何をする会なのか、どんな組織なのか、全く知らなかったのであった。
 そして、その年度の第6支部の総会に
 「山崎さんも出席してみなさい」
 といわれて、第6支部の総会なるものに始めて出席したのであった。
 当時の目黒法人会の第6支部総会はサッポロビール工場(現、恵比寿ガーデンプレイス)の中に迎賓館という建物があり、その場所をサッポロビールさんが第六支部へ提供してくださったのである。
 我々はそこに仕出しの料理を取り寄せ、無尽蔵にあるビールを無償で出して頂いて、まったく楽しい総会を開いたのであった。 五百円の会費であったが、帰りにサッポロさんガ出してくださる新製品のビールやワイン等のお土産だけでも優に一千円以上のものであったのだ。 
 私はこの総会で二十年振りに、はと屋の旦那にお会いした。 はと屋の旦那は私のことを全く覚えておらず、余興に日本舞踊を踊られたりして、大変楽しくしておられたが、私は愕然としたのである。

 
若き日の過ち
 これより20年程前の昭和32年ころは私の父の代で、下目黒二丁目で共栄製作所という町工場を経営していた。 家族は浜田山に住んでいたが、私は八人兄弟の長男で父を手伝っていたので、工場の隅にある三畳間に留守番を兼ねて住んでいたのである。
 月二回の休みに、そこえ遠藤と正木が遊びに来た。 折角の休みだと言うのに三人とも、全く金がない。 大の男三人がゴロゴロ出来るのだから、部屋には何もない。 もちろん、テレビなどある時代ではないのだ。 それぞれが相手の懐を当てにしているのである。 あるものと言ったら、新宿西口の中古屋で五百円で買ってきた腕時計ガ一個だけである。
 「遠藤! お前、この腕時計を千五百円で質屋へ入れて来い。 それより多く借りれたら、多く借りた分はお前にやるぞ」
 遠藤は岩手県から出てきた男で、東北弁を半分ドモリながら話すので、全く実直な男に見えるのである。 我々もまだこのころは悪い遊びは覚えておらず、三人で映画を見て、大人ぶって飲めぬ酒を少し飲んで、ラーメンに餃子を腹いっぱい食って、一人五百円でお釣りが来たと記憶している。 まことに良き時代であった。 千五百円を超えた分は貰えると言うので彼は喜んで出かけた。
 昔、新宿西口のゴチャゴチャした飲み屋街の中に、いかがわしい物品を販売している中古屋があった。 カメラ・腕時計・鞄・靴など、午前中盗まれた品物が、午後にはこの店の戸板の上に並んでいたと言う噂のある店である。 だから、うまく値切ることが出来れば、掘り出し物が安く買えたのである。
 遠藤は私が買ってきた 「掘り出し物?」 の時計を持って目黒新橋際の質屋
はと屋へ飛び込んだ。
 「これで何とか……二千円借りたいんですけど……」
 「あら、お兄ちゃん東北なの? あら、岩手なの? どうしてお金がいるの?」
 「友達が二人遊びに来たものですから……」
 「岩手から来たんじゃ大変よね。 それじゃあ、お金がいるわよね」
 はと屋の奥様は友達が岩手から出てきたと思ってくださった。 本当は喋っている遠藤と正木が私のところへ遊びに来たのである。 だが、遠藤は私の代理で交渉に来ているのだから、全く嘘を言っている訳でもないのだろう。 東北新幹線などない時代である。 岩手から東京へ出て来るのには大変な時間とお金が掛かったのであった。 
 「遊ぶのもいいけど、あまり悪い遊びはしちゃ駄目よ」
 はと屋の奥様は質草を調べもせずに二千円貸してくださったのである。 遠藤は喜び勇んで帰ってきた。 この二千円で我々三人はイッペンに元気になった。
まず、肉だ (当時の若者の憧れの食べ物は何よりもまず肉であった)、映画だと三人で全く楽しい一日を過ごしたのであった。
 その後、はと屋さんからは
 「質草が流れますから請け出しに来て下さい」
 という葉書を三回ほど頂いた。 質草を流したのでは赤字になるときは何回でも催促が来ると言う。 だが、そのまま知らぬ顔の半兵衛を決め込んで二十年以上過ぎてしまった。

 法人会のご利益 
 しかし、悪いことは出来ぬものである。 この年になって目黒法人会の六支部で、はと屋の旦那と顔を合わせると、まだわずかに残っている良心が痛むのである。
 実はそればかりではない。着古したコートを石油缶で染め粉を使ってサット染め直すと綺麗に見える。 これを着て夜の八時ころ質屋に飛び込むのだ。
 急な接待で金が必要になった。 二、三日で請け出しに来るからこれだけの金額を都合してほしいと演技するのである。 うまく演技がはまれば結構な金を借りられた。 いろいろ頭を使って三、四回、あちこちの質屋を騙しているのだ。
 その後の第六支部総会で私は、はと屋の旦那に告白して頭を下げた。
 「実は若気の過ちで、昔、こういうことがあったのです。 あの時はまさか、法人会で,、はと屋の旦那と顔を合わすとは夢にも思わなかったのですが、今になると誠に申し訳ないことをしたと思いますので、この場をお借りして、はと屋さんにお詫びをしたいと思います」
 すると。はと屋の旦那は笑いながら
 「山崎さん、そんなことはもう時効ですよ。 なんとも思っていないから心配しなくてもいいですよ。 それに、あの当時はインフレだったので、その時は損をしたと思っても、半年か一年過ぎると儲かるようになったのです。 山崎さんのも、そうなったはずですから心配する事ないですよ」
 と、快く許してくださった。
 私は目黒法人会に入会しなかったならば、おそらく、はと屋の旦那にお会いする事もなく、謝る機会もなかったろうと思われる。 そのため、あの世へ行ってから地獄の閻魔様の前で悪事がバレて、針の山へ追いやられたり、油の釜茹でにされたりと大変なお仕置きを受ける羽目になっていたことだろう。
 私の場合、法人会に入会したお陰でこれを回避する事が出来て有難いことだと感謝しているのである。



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