花嫁の父


昭和六十一年十一月三日にやっと長女を嫁に出した。 娘が二人、息子が一人だから親として三分の一の責任を果たしたわけだ。 長女の婚約が決まると私の友人や知人が
「淋しくなりますね。 よく出す気になりましたね。 当日は泣くんじゃないですか?」
とか言って私をからかうのであるが私は一向にそんな気持ちにはならない。
私も娘と一緒に楽しい気持ちなのである。
「少しおかしいのじゃないですか? だけど当日は涙が出ますよ」
まあ、あの娘が良くぞここまで成長して今日の晴れの日を迎えたものだ、と感慨に浸れば自然と涙も出てくるかもしれない。 そうは思ってみたもののとてもそんな事にはなりそうもない。
当日、結婚式場で偵察に行った下の娘のるみ子が
「お姉ちゃん、ものすっごく綺麗になっているわよ。 お父さん見ていらっしゃいよ」
と言うから美容室へ行って見たら、これが本当に我が娘かと見間違えるほど、見事に仕上がっている。 プロとはすごいものだなあと全く感心してしまった。
娘が 「私、スターになったみたい」
と幸せそうに喜ぶ顔を見ていると私も嬉しくなって、とても涙を流すところではない。 披露宴半ばに
「山崎さんはとても泣きそうにないですね」
とわざわざ言いに来る人もいる。 今日の私は娘がお色直しの度毎に次はどんなに変わって出てくるかなと興味と期待が先に立っているのだ。
私もこの年になると涙もろくなり、テレビドラマなどで涙を流す事は良くあるのだが、今日は「両親への花束贈呈」などと言う儀式はカットしてくれたのでまあ大丈夫だろう。
私は娘が年頃になってからこれだけはと言う願いを二つほど持っていた。
その一つはカラキチと言われている私が芦屋雁之助の「娘よ」だけは人前では絶対唄はないできた。 招待された結婚披露宴でも良く
「山崎さん、娘よを唄って下さいよ」
と言われても
「私は娘よだけは唄わない事になっておりますので……」
と押し通してきた。 それは「娘よ」の歌詞が私のイデオロギーに合わないからである。 ”嫁に行く日が来なけりゃいいと、男親なら誰でも思う”
冗談じゃない。 私はこんな事を一度たりとも考えた事もない。 考えた事もないのに、たとえ歌の文句だからと言ってもそんな言葉を口にしたくもない。
大体、年頃の娘から何かにつけて、いつまでも相談されたのではかなわない。 早く親に代わって相談できる相手を見つけてくれるのが一番幸せで良いのだ。
だから娘がこの人と結婚したいと言ってきたら、どんな相手でも許可しよう。
だけど願わくば私の気に入る相手を選んでもらいたい。 そのためにはある程度監視してアドバイスをした方が良いのだろうか? だが実際にはそんな事は出来ないから娘を信じて任せておくより仕方なかろう。
これでもいろいろ考えたものである。 これが何と一流大学を出て一部上場企業勤務で、その上明るくて素直で、娘をこよなく愛してくれていて……。 自分の息子だってこのように教育し育てる自信はない。 このように私が気に入った彼がポンと私の息子となり私を「お父さん」と呼んでくれるのだから、これは大儲けだ。 大喜びこそすれ泣く理由など全くないのだ。
ところが私が「娘よ」を唄わないものだから周りの人は、私が花嫁の父になりたくないのだろうとか、山崎さんはあの様子だと娘さんを絶対嫁に出さないだろう、などと言っていたそうである。
第二の願いと言うのは披露宴の最後を飾る「感謝を込めて両親へ花束の贈呈」。 このセレモニーだけはやらないで欲しい、との願いであった。 この花束の贈呈を最初に考えた人は誠に素晴らしいアイデアの持ち主だ。 これを披露宴の最後に取り入れたことで恐らく満場の人々を感激の渦に巻き込んだ事だろう。
しかしこのセレモニーが一般化し二十数年、同じ状態で続いてるとなれば今では単なる惰性であるに過ぎない。 人の受け売りの泣かせ行事は止めてほしい。 それにあの時に必ず流れる、 「母さんが夜なべをして手袋編んでくれた」 の曲であるが、この歌詞を現実として理解できる人達は今娘を嫁に出す親が若い頃のことであって、今ではこの嫁に行く娘が小さいとき、手袋を編んでやった母親が何人いるだろうか?
それよりもこのセレモニーに二十数年、同じ曲が使われている事のほうが理解できない。 二十数年経てば時代も変わるし、感覚も変わる筈だ。 もうちょっと時代にマッチした選曲が出来ないものだろうか?
二十数年経ってもこの曲に変わる曲が出て来ないとなれば作曲家も怠慢作詞家も怠慢である。 先日、タレントのたけしが週刊誌に
「沖縄の結婚式でも、母さんが夜なべをして手袋編んでくれた、と唄っていたが、沖縄でも冬は寒いから手袋を編むのかね」
と書いていた。頭を使わないと、たけしにも言われちゃうね。
だけど私の方は嫁に出す立場だから”両親への花束贈呈はやめて欲しい”と言い出せない。 困ったなと思っていたら式の打ち合わせの折、彼のお母さんが
「花束贈呈なんてあれはやらなくても良いでしょう。 あれはやめましょうよ」
と言って下さった。 全く有難い。 世の中には気持ちの相通ずる人もいるものである。
「はい、それは願ってもないことです。 私はあれだけはやめてもらいたいなと思っていたのですが、出す立場の私のほうからは我が儘は言えないだろうと抑えていたのです。 お母さんから言って下さって全く有難いですよ。 これでほっとしました」
先日、高校時代の友人が勤務する会社へ立ち寄った。 彼は高級官僚から民間企業へ転出した男で私は仕事上、何かと世話になっているのである。 すると彼が
「娘を商社なんかに勤めさせると、技術屋の堅い、おとなしい男とは合わなくなってしまうものかね」
「一体どうしたんだ」
「いや、長女が年頃なので技術系のおとなしい感じの男二人ばかりと見合いをさせたのだが親の目からは申し分なしと思うのに娘に二人とも蹴られてしまった。 商社なんかにいるとこつこつやる技術屋タイプは駄目なんだろうか?」 「大体二人も三人も見合い相手を断るときは心の中に必ず好きな人がいるものなんだ。 その相手を連れてこさせればいいじゃないか」
「とんでもない。 そんなことは俺のところではご法度だ。 自分で探してくるなんて絶対許さんと言ってある」
「へえー、今時、随分面白いことを言うな。 それじゃお嬢さんが嫁に行かないと言ったら一生面倒を見るのか?」
「そうも行かぬから弱っているのだ」
「俺たちの若いときもそうだったが、若いきれいな女性を見ると抱きたい抱きたいと心の中では思っても、そう簡単に手を出せなかったろう。 自分が若い頃、散々悪い事をしてくると、娘の周りの若い男は皆、狼に見えてくるものさ。 しかし今の若い人は男も女も意外としっかりしているから信頼しても大丈夫だよ。そんな古臭い事を言っていると今頃お嬢さんは、うちの父親は、頑固で分からず屋でどうしようもないの。 これじゃ私の将来マックラよ、と言っているぞ」
「おい本当か? 本当に言っているか?……」
「うん、間違いなく言っている」
「弱ったな。 どうしたらいいかな?」
「そりゃ素直に、お前の好きな人がいたら心配せずに連れて来い、と言えばいい」
「今更いえない」
「全くしょうのない奴だな。 俺の書いた『浮気の虫』だとか『男と女の不思議』
『こうしてああしてこうもてた』皆読んだだろう?」
「うん、読んだ、読んだ」
「何のためにお前のところへ持ってきてんだ? 仕方がないから、実は山崎が来てコンコンと意見された。 それで考えを変えたからお前の好きな人がいたら連れた来なさい。 お父さんとお母さんが全面的にバックアップしてやる、と言えばいい」
その後、彼が素直な気持ちになったかどうかはまだ聞いていない。
二ヶ月くらい前になるがラジオの身の上相談で
「娘が結婚することになり婚約者と付き合っているのですが、どうもその彼が思いやりのない男のように思われるのです。 娘と結婚させても良いものでしょうか?」
との相談があった。 パーソナリテイの加藤芳郎が
「具体的にどういうことなのですか?」 と聞くと
「実は主人が嫁に行く娘を可愛がっているものですから手放したくないようなのです。 ですから彼が家に参りますと途端に不機嫌になります。 ところが彼はそんな事にはお構いなく押し掛けて参りますので主人が『娘は私にとって永遠の恋人だ。 その恋人をお前は私から奪って行くのだ。 奪われる親の気持ちが分かるか?』と申しましたところ『そんな気持ちは分かりませんよ。 自分に娘が出来てその娘が結婚するときになったら分かるかもしれません』と申しました。 彼は人に対して思いやりや気配りのない人だと思います。 その上娘が休日に仕事で疲れて休んでおりますと彼から電話が掛かって参りまして『すぐ出て来い』と申します。 娘が『疲れているから今日はいや』と申しますと彼は電話を手荒くガチャンと切ってしまいます。 大変我が儘な性格のように思いますので、 このような男と結婚させても良いものか相談したいのです」
との話であった。 すると回答者が
「大体、あなたたち夫婦は子離れをしていない親である。 今、親離れをしていない子供が問題になっているように、子離れをしていない親も問題なのです。
第一、自分の娘を永遠の恋人などと言う父親がいたとすれば気持ち悪いと思いませんか? あなたのご主人が本当にこんな事を言っているのであれば、
これは広い意味での近親相姦ですよ。 その近親相姦のあなたの夫を弁護する奥さん、あなたは近親相姦幇助ですよ。 もっと早く子離れしなさい」
との回答であった。 私も全く同感だと思う。 嫁に行く娘を見て涙を流さぬ父親は愛情が薄いのだと思われるのは大変心外である。 もしそういう考えを持つ父親がいたとすれば、その父親こそ問題がある。
彼は自分の奥さんをよっぽど乱暴に扱ったに違いない。 恐らく初夜のときは暴力で犯すが如く扱ったことだろう。 だから自分の可愛い娘が、あのような思いをするのかと思うと、心配で心配で、可哀相で、いても立ってもいられなくなるのであろう。
そこえいくと私は私の家内を最初から大切に扱っている?ので、娘の彼も娘を大事に扱ってくれると信じているから、少しも心配しないのである。
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