「本当はどっち」 癌研より第三弾 再入院、幸せ?不幸せ? 癌研 有明病院の人達は医師の先生、看護師さんをはじめ、事務の皆さん、掃除のおばさんまで気持ちが良い。いつも笑顔を絶やさず介護に親身に尽くすと言う精神が徹底して教育されている。上の人の考え方、行動が一致しているから、全員が同じ方向に向かって進んでいく。
特に看護婦さんは全員が若くて美人だし…人間、心が綺麗だと若くて美人でいられるらしい。
このような中で再度の入院生活を送るようになった私は幸せなのだろうか? 不幸せなのだろうか?
昨年の12月1日、退院後二回目の定期検診で、左首リンパセツへの転移が発見された。 私の主治医の三谷先生から
「半年が過ぎたので細かく検査してよかったですね。このフィルムのモヤモヤとしたところに転移が見受けられます。早期発見ですから若い人なら二、三週間、山崎さんはお年でも一ヶ月もあれば十分でしょう。今回は簡単で楽ですから早いとこ手術をしてしまいましょう。十二月二十四・五日ごろ入院できるよう整えて電話で連絡しますから今日は入院の手続きを済ませて帰ってください」
私が見た限りではこのモヤモヤの中に癌が潜んでいるとは思えないのだが専門家が言うのだから間違いはないのだろう。年末から正月にかけての病院生活は楽しさは何もないが、どうせ飲んだり食ったりがまだ不自由なのだから、続けてやってしまったほうがかえって楽だろう、と覚悟を決めたのであった。そして12月二十五日に入院し、二十七日に手術を受けたのである。
現在、手術後、三週間を過ぎると前回の三ヶ月を過ぎた頃の体調で体が楽に感じる。だが全く同じというのではない。どこかすっきりしないところが残っているのだ。主治医の先生達は
「山崎さん、あせらなくてもいいんですよ。ゆっくいゆきましょう」
と言って下さっている。
私が入院している六階の咽頭科は、東館・西館それぞれ四十六のベッド数があり入院待ちをしている人が大勢いるという。
入院の日数は重い人でも三ヶ月前後、早い人はそれこそ二週間で退院してゆく。
中には一人暮らしのお年寄りがいて病院なら食事から、すべてが整っているし、看護婦さんは美人で優しくって親身になって世話をしてくれるものだから
「あと一ヶ月ほど入院させてください」
という人がいたのだが絶対に許してくれない。
「何日いても同じですから退院してください。そのほうが早く回復しますよ」
と追い出されてしまう。しかしほとんどの人は退院の日取りが決定すると、その日からどんどん元気になってゆくから不思議なのだ。
入院患者は毎日、朝の九時より処置室に呼び出され、当日担当の先生の検診を受ける。 六階の東西併せると、百名近い患者を毎日検診するのだから先生も大変だ。
私は今回の手術後は I C Uでの治療は受けずそのまま一般病棟へ戻るという状態だったので、もう翌日よりいろいろなチューブをまといながら処置室までふらふら歩いて診療を受けた。
それが十日も経つと、つけたチューブはほとんどなくなり点滴も終了となって流動食だが口からモノを取れるようになるのだから、人間の回復力とはたいしたものだと思う。
ー本当はどっち?
再度の入院のときは、ベッドの位置も同じで、その上看護婦さんも顔見知りなので
「あら、山崎さん、お帰りなさい」
と歓迎してくれた。
「皆さんが親切に大事にしてくれるものだから、居心地がいいので戻ってきましたよ。又、しばらくお世話になりますからよろしく」
などと冗談を言いながら入院させていただいたが、実際、癌研の皆さんは患者に対する接し方が徹底して教育されているから大変気持ちがいい。
入院四週目にはいると更に体は楽になる。楽になるといっても一年間に首の手術を二回もやっているのだから、健康時のようにものをパクパク食べることだけは出来ない。十五分もあれば食べられる量を五十分も掛けるのが難点だ。
毎日の日課として十時過ぎに処置室に呼び出されての検診も、この二、三日は
「山崎さん、順調ですね」
で終わりである。
一月二十日の土曜日にも、十時二十分頃
「山崎さん、検診がありますから処置室までお出で下さい」
のアナウンスが私のベットに流れてきた。
処置室には診察用の椅子が二脚あり、咽頭科担当の十数名の医師が交代で毎日二、三名の看護婦さんとで診察している。
それこそ一月一日でも休みなしなのだ。この日も、いつものように何人も並んでいて待たされるだろうと思って行って見ると今日はどういう風の吹き回しか、ガラガラに空いている。処置室の中待ちに椅子が二つあるのに年配の女性が一人。廊下に四つある椅子が足りずに立って待っている人がいるのだが、今日は廊下には二脚で、そこに男の人が一人座っているだけなのだ。
私は珍しいこともあるものだと思いつつ廊下の椅子に腰を下ろした。
普通、中待ちの椅子が空くと順番に中へ入って行くのにこの男の人は中へ入らない。そのうち、いつものいたずら心が動き出した。
「中待ちの椅子に女の人が一人で座っていますから、中へ入られたらいかがですか?」
この男の人はよっぽど生真面目な人なのだろう
「いえ、私は名前を呼ばれるまでここに座っています」
私は尻尾を振って女性に近づく男とは人種が違うのだと、言わんばかりの態度で毅然と言い放つのだ。
(いけねえ、いつもの悪い癖で真面目な人の心を逆撫でするようなことを言ってしまった)
「中待ちの椅子が空いていますから中へ入ってください」
と言へばいいものを、女の人が一人で座っていますから中へ入られたらいかがですか? などと余計なものの言い方をするものだから、この真面目な人は勘違いをしてしまうのだ。
そのうち新しい患者さんが来て立って待つようになったので
「すみません、立って待つ人がいますので中へ入って頂けませんか?」
「いえ、私は名前を呼ばれるまでここで待ちます」
女性が好きで中へ入ったと思われるのが心外だ。私はそう簡単に意思を変える男ではない、との態度だ。
仕方がない。私のものの言い方が悪かったのだ、と反省したが、その時ナウスステーションから看護婦さんが二人出てきた。私は看護婦さんに
「すみません、立って待っている人がいますので中の席へ入ってもらうように言ってくださいよ」
「○○さん、中の席が空いていますから入ってください」
するとこの生真面目な人ははじかれたように立ち上がると席を移ってくれたのであった。
だが待てよ。この人の本心は、中待ちの女の人が、ばあさんだから入らなかったんだ。若い女の人ならお前が来ないうちから中の席へ座っていたさ……という意思表示だったのだろうか?
なぜかこの時、この人に似た人で私の若い頃、金枝さんという、ものすっごい粋人がいたことを思い出したのであった。 07・2・7


