一、押し 二、金 三、男
 人間の出逢いとは不思議なものである。 一億二千万の中の二人が、ある時ふとした出逢いをしたことで三十年四十年と一緒に生活するようになったという話は、この世に数限りなくあるのだ。 そこで、小説が書かれ映画のストーリーが生まれるのであろうが、今までいろいろな人が数多くの物語を書き続けてきていても、さらに新しい名作が生まれて来るところに人生の面白さと不思議さがある。
 先日、ラジオで面白い話を聞いた。 ある女性の叔母に大変なお節介屋がいて姪が二十七歳近くになっても全然結婚する気がないものだから、いろいろと話を持ち込んでくる。 しまいには
 「美枝子は照れ屋だから堅苦しい見合いがいやなのだろうけど、今度は私の紹介する人と喫茶店で二人だけで会えるようにするから、それなら良いだろう。
とにかく、一度くらいは私の言うことを聞いてごらんよ」
 ということで日曜日に駅の近くの喫茶店で見合いをすることになった。
 当日はいくら叔母への義理立てと言っても見合いと言うからには、女らしく少しでも綺麗になって行こうと美容院へ出向いたのである。 ところが美容師の勘とは恐ろしいもので、こちらが特に何も言わないのに、美容師の先生がああでもない、こうでもないと特に入念に仕上げてくれたものだから意外と時間が掛かり、約束の喫茶店に着いたときは五分ほど遅れていた。
 入り口のドアのガラス越しに中を覗くと、きちんとしたスーツになかなか趣味の良いネクタイをした青年が、打ち合わせ通り週刊誌を持って奥のテーブルにポケーっと座っている。
 「あら、見ると聞くのでは大違い。 話より素敵な感じだわ」
 彼女はルンルン気分になってテーブルのそばまで歩いて行き
 「どうもお待たせしてすみません」
 とぺコンと頭を下げると彼の前の椅子へ腰を下ろしたのである。
 こうなったからには少しでも好意を持ってもらおうと彼女は遅れた理由から家族の話し、趣味の話し仕事の話などを一生懸命話したのであった。 彼はその話を最初はポカンとした顔でアッケに取られた様子で、だが楽しそうに相槌などを打ちながら喜んで聞いていた。
 「あら、私、喋りすぎたかしら?」
 と、その時
 「殿塚美枝子さん、電話が入っております。 いらっしゃいましたら電話口までお出でください」
 とのアナウンスが聞こえた。 電話は母からであった。
 「あのね、相手の人が風を引いて熱を出し、そのため今日は出てこれないと言う電話が来たのよ。 仕方がないから早く帰っていらっしゃい」
 心臓が止まるかと思うほどビックリした。 ではこの人は一体誰だろう。 逃げて帰りたい気持ちを抑えて席へ戻り、一部始終を彼に話して詫びたのである。 彼は大笑いだ。 いくら笑われてもこの状態では仕方がない。
 「ご迷惑掛けてご免なさい」
 謝って帰ろうとする彼女を彼は呼び止めた。
 「折角、あなたはお金を掛けて綺麗にしてきたのに、このまま帰ったのでは勿体ないでしょう。 幸いあなたのことは大体分かったので今度は私の話をあなたが聞く番です。 どうですか今日は私がご馳走しますから食事をして帰りなさいよ。 丁度、私も今日の休みをどう過ごそうかと考えていたところですから」
 と言ってくれたのである。
 「これが二十二年前の主人との出逢いでした」

 先日、私の父と親しかった平田さんが訪ねてこられた。 目黒の方へ来たので寄らせてもらったと言うのであるが、どうも様子がおかしい。 世間話をしているうちに
 「実は長男が四十歳になったのですがまだ独身なのです。 山崎さんは顔が広いから相談したら何とかなるのではないかと思い伺いました。 誰でもいいから息子の嫁を世話して頂けないでしょうか?」
 誰でもいいと言ったって猫の子ではあるまいし、そういうわけにもいくまい。 また、急に言われても全くアテがない。 だがこういう話をされた以上、一応いろいろと話を聞いてみた。
 息子さんは平田さんの不遇の時代に中学を卒業したものだから、親の苦労を察してくれて
 「お父さん、僕はすぐ働くから心配しなくていいよ」
 と大手の光学会社のレンズ研磨工として就職してくれたのであった。 今では
勤続年数二十五年からになると、一流企業でもあり、二級技能士の資格もとって今年か来年には一級技能士へ挑戦すべく勉強中とのことだから年収も五百万くらいであると言う。 
 ところが中学卒となるとなかなか嫁のきてがない。 結婚紹介所では学歴が中学卒と言うだけで断られてしまうと言う。
 「本人が積極的に見つけてくるような性格ならば心配しないのですが、女性に関しては全く駄目なのです。 今まで散々苦労をかけてきたから、本人がこの人と一緒になりたいといってきたら、どんな相手でも絶対文句をいわず許すつもりでいるのですが……」
 と話しつつ用意してきた写真と本人の身上書を差し出した。 こうなったからには父親との関係もあるので、できる限り努力してみるより方法がないだろう。
 「分かりました。 力が及ぶかどうか分かりませんが、知り合いの関係で見つかるか、できるだけ心掛けてみますよ」
 と言っては見たものの、さてとなるとなかなかいないものである。 妻の知り合いから親戚関係と手を尽くしてみた。
 平田さんからは一ヶ月に一度くらい、時候の挨拶を理由に電話がかかってくる。 特に催促されるわけではないが平田さんの目的は充分わかる。 私もこれに掛かりっきりと言うことは出来ないから半年過ぎても適当な人が見つからない。 その後電話が来たとき苦し紛れに
 「一度本人を連れてきませんか? 平田さんの息子さんだから人柄は間違いないと想像できるけど、紹介する以上は、お会いしていなければ相手にも失礼だから」
 と言ったら即座に
 「では今度の日曜日に息子を連れて伺います」
 これでは私も真剣にならざるを得ない。
 ある時、私の相談相手である得意先の富田社長にこの件を相談したところ
 「お、これは丁度いい、山崎さんも知っているだろう? 桂の高沢さんどうだろう」
 高沢さんは数年前より川崎で叔母が営業している和風バー「桂」を週に三日ほど手伝っている人である。 昼間は日本橋の堅い会社へ二十年近く勤務していると聞いた。 桂はバーと言っても客はほとんど昔からの永年の馴染み客ばかりで、客同志顔見知りであり、話に興が乗らない限りは十時頃閉店である。
叔母のママは若い頃、川崎では有名な芸者であった。 特に色気よりも芸事と話術で名を馳せた人だから、今の人達には真似の出来ない客に対する細かい心遣いと接客技術を見につけている。
 道楽者の親のために子供の頃からNHKのドラマ「おしん」を地でいくような苦労をした人である。 その数奇な生い立ちや人生経験を毎日新聞の記者が記事にまとめ 「おしん」 がテレビ放映される前に毎日新聞の地方版に掲載されたことがある人なのだ。
 あのママの手元で教育された人なら絶対間違いはない。 高沢美枝子さんは
茨城県の生まれとのことであるが、大きな農家でなかなかしっかりしている家庭で育ったらしい。 田舎に叔母のバーを手伝うと連絡したら、兄がビックリして飛んできた。 桂の店に黙って三時間ほど座っていたが、店の雰囲気に安心したのかそのまま黙って帰ってしまったとの話を以前聞いたことがある。 見たところ三十二、三歳くらいであるが本人がその気になってくれるであろうか? 富田社長は桂のママとは長い付き合いで家族ぐるみの親戚同様の付き合いである。
 「実はママからもいい人がいたら是非と頼まれているんだ。 なかなか男っ振りもいいし、これは良縁だ。 まとまるだろう」
 富田社長はすっかり乗り気である。 
 「いやー 高沢さんがその気になってくれれば、こんな有難いことはないんだけど……、彼女の年は三十二,三くらいでしょう?」
 「いや、もう少し上のはずだよ。女性は一人でいると若く見えるものだよ」
 
 「平田君も若く見えるから大丈夫ですよ。 それじゃ、社長何とかお願いしますよ。 社長から桂のママにうまく話を通してくださいよ」
 後で考えたら若く見えれば何が大丈夫なのかな? と不思議に感じたが何でもいい。大丈夫だから大丈夫なのだと一人で納得し、早速、富田社長と川崎の桂へ出向いたのである。 桂のママは喜んで
 「それは良かった。 本人次第ですからぜひ話してやってください」
 との事なので高沢さんに平田君の身上書とスナップ写真を見せたのである。
 「私も年だから今更……」
 と口の中で言いつつ、彼女は多少恥らいながら、それでも熱心に目を通していた。 その姿が大変初々しく見えたのである。
 「だけど……。 この人には私なんかよりも、もっと若い人がよろしいんじゃないかしら?」
 「あなただって若いじゃないの。 高沢さんみたいに年寄りのいる家庭の方がいいわと言ってくれる人は今時いないよ。 本当にそう思ってくれるのなら一度会って見て下さいよ。 平田君は学歴はないけど技術を身につけているし真面目だし、近いうちに一級技能士に挑戦すると言っていましたよ。 まず健康だから食いっぱぐれる心配のない人ですよ。 難点と言えば真面目すぎると言う事くらいかな。 子供じゃないから交際してみれば分かるでしょう。 私たちはお互いを紹介するだけですから後は本人同士で話し合ってください。 その後で断っても一切文句は言いませんよ。 今すぐ返事をくれとは言わないから良く考えて、よろしかったらスナップ写真と身上書を添えて富田社長にご返事をして下さいよ」
 真剣に口説いた。 女性をこんなに一生懸命口説いたのは女房以来初めてである。
 この押しと熱意が通じたのか十日くらい経ってから彼女の身上書と何枚かのスナップ写真が届いた。 私はラブレターでも見るように胸の高鳴りを覚えたのである。
 開いてビックリ。 女とは何という化け物であろうか? 私が彼女を三十二,三歳位と見たのはとんでもない誤りで、何とあと一ヶ月で四十歳になるのである 先日、帰りしなに一応念のためと思い
 「女性に失礼だけど年はいくつ? 三十六? 三十七?」
 富田社長が
 「女性は一人でいると若く見えるものだよ」
 と言うから思い切って多くを言ってみたら、彼女は笑いながら
 「まあ、そんなものよ」
 との返事だったのに……。
 「全く私も女性を見る目がないな。 まあ彼は早生まれだし八ヶ月の差と言っても学年では一年違いだ。 後の判断は本人たちがするだろう」
 二人は年が年だから今更堅苦しい見合いの席はいやだと意見は一致している。 しかし喫茶店と言うわけにもいくまい。 富田社長と相談の結果、横浜のアルテリーベという古くからあるシックなムードのフランス料理レストランで食事をしながら二人を紹介しようと決めた。
 アルテリーベとはドイツ語?で、再会した昔の恋人と再び愛が芽生えるという意味だそうである。 富田社長と私で店の名前が良いの悪いのと散々議論した挙句、私たちの問題ではないではないか。 これからの二人のことを我々が議論する必要はない。 最初に候補に上がった場所が一番いいのだとの結論に到達した。
 私は今までに仲人は六回ほど経験しているが、全部「頼まれ仲人」であり、お膳立てがすべて整っている状態で仲人の席へ座っているだけで良かったものだから、こんな経験は初めてである。 格式張らず普段着でと言ったものの本人たちより私の方が緊張気味であった。 平田君には
 「君の笑顔は人懐っこくて大変良い。 だけど君は相手と相当打ち解けないとその笑顔が出てこないのが欠点だ。 構わないから早く笑顔を出しなさい。 その方が座が和やかになっていいよ」
 などと余計な細かい注意まで与えたのである。
 お見合いは大変良い雰囲気で終了した。 後は本人同士が充分話し合って進めてくれれば良い。 週に一度くらいのデートを重ねている様子である。 平田さんからは
 「息子が人が変わったように明るくなりました」
 とお礼の電話がかかってきた。 私も一安心し、若やいだ気持ちになったものである。
 一ヶ月ほど過ぎた頃、私は富田社長の会社へお礼かたがた時候のご挨拶に伺った。 すると
 「実は今日、高沢さんから相談したい事があるとの電話があった。 山崎さん何か聞いている? 行ってやる積りでいたが、急に得意先の人が来る事になったので時間の都合がつかず弱っている」
 「私は何も聞いていませんが、多分平田君に関した相談でしょうから、私が社長の代理で聞いてみましょう」
 しかし、良い話ならば直接私に電話があるだろう。 富田社長に相談と言うからには、どうも良い話とは考えられない。 私は不安を覚えつつ指定された喫茶店へ出掛けたのであった。
 最初、彼女は私には話しずらい様子であったが
 「私で判断できぬ事なら富田社長に相談するから心配しないで遠慮せず話してくれないかな」
 と、だんだん話を聞き出したのである。
 「実は甲府の叔母より別の見合いの話を持ち込まれているのです。 以前から私のことをいろいろ心配してくれている叔母なので、断ったものかどうか迷っているのです」
 との話である。 迷うには何か他にも原因がある筈だ。 その原因を時間を掛けて聞いてみた。 ポツリポツリと話し出した話の要点は二つあった。
 その第一は、彼との年齢の接近である。 若いときの接近ならば気にしないのだが四十近くなると彼女自身に負い目を感じるようである。
 「平田さんも若く見える方だから私よりも、もっと若い人を望んでいるのではないでしょうか?」
 との心配である。 彼の押しの弱さがどうも彼女に不安を持たせている様子である。
 第二は、高齢出産への恐怖である。 彼も年だからすぐ子供が欲しくなるだろう。 特に両親が揃っているのだから早く孫の顔も見せてあげたい。 だが結婚してすぐ子供が出来たとしても四十一歳を過ぎるだろう。 先日、何気なく読んだ雑誌に高齢出産についての記事が出ていた。 いろいろ見聞きしているうちに恐怖心が募ってきたとの話であった。
 丁度、この問題が世間で取り沙汰されている時代である。 聞いてみれば無理もないだろう。 要は平田君が温かい愛情と積極的な強引さで
 「何も心配しないで、黙って俺についてこい」 
 と言えば良いのだ。 競争相手は何人いたって構わない。 相手を蹴倒し、叩きのめして勝ち抜いていくファイトがなければ理想の女性は手に入らぬ。 かえって平田君にも刺激になって良いだろう。 私は彼女に
 「折角、叔母さんが心配して見つけてくれた話だからその人とお会いしてみなさい。 平田君の話はまだ決定したわけではないから構わないですよ。 美枝子さんも先方さんとお会いしてみれば、はっきり決心がつくでしょう。 平田君と婚約が成立してからでは困るが今の状態なら特に了解を取る必要はないと思います。 あなたも迷うと言う事は平田君に物足りなさがあるのでしょうし、又その話に惹かれるところもあるのでしょう。 お会いしてみれば、はっきり決心がつきますよ」
 と言ったのである。 彼女は大変喜んで
 「叔母には責められるし、断ったものかどうか、ここ数日悩んでいましたが、これで悩みが霧散してすっきりしました。 お会いしてみて決心します」
 と帰って行った。 私は彼女の姿が見えなくなると近くの公衆電話へ飛び込んだ。
 「高沢さんは二つの悩みを持って迷っているようだよ。 富田社長の話では、その悩みとは君がもっと若い人を望んでいるのではないかとの心配と、高齢出産への恐怖心のようだ」
 と平田君に事情を細かく説明し
 「君が本当に高沢さんを望むならその点を良く話し合って、もっと積極的にアタックしてみたら?」
 と伝えた。 他に見合いの相談を受けたとは間違っても云うわけには行かぬ。
彼女は古いしきたりの家庭に育っているから年寄りのいる家庭にはまたとない嫁さんだと私は固く信じていた。 何がなんでもここで平田君に奮起してもらいたい。
 ところが電話の向こうで彼は
 「高沢さんがそう言うなら私は諦めますよ」
 と言うのである。
 「何も私はそんな意味で言っているのではないよ。 君は高沢さんとの話を進めていく気がないのかね」
 「高沢さんなら結婚したいと考えていましたが不安を持っているのなら結婚するのは難しいでしょうから……」
 「その不安を取り除いてやるのが男の役目だろう。 四十にもなってもっとしっかりしろよ。 ま、ま、よく考えて見なさい」
 これでは四十歳まで嫁の来手がいないはずだと思ったのであった。 
 それから十日くらいして彼より手紙が来た。
 ――高沢さんがそのような心配を持っているのなら説得は難しいので、この話はなかったことにして欲しい――との内容であった。 私は誤解のないように説明した積りであったが、電話の話ではどこかに手落ちがあったかと悔やんだのであるが仕方がない。
 彼がこう思い込んでしまった以上気持ちを元へ戻す事は難しかろう。 だが美枝子さんにはこの結果を説明に行かねばならない。 先方の話が良い話であれば幸いであるが、それも駄目であれば縁遠い女の認識をますます強くさせてしまう。 
私は重い気持ちであった。 しかし結末をつけるのも私の務めである。 私は意を決して富田社長と一緒に「桂」へ出向いたのである。 偶然にも桂へは富田電機の平島常務と中山経理部長が先客としてきていた。 
 私は彼女を傷つけずに何と説明しょうかと迷っていた。 だが話さぬ訳には行かぬ。 口ごもりながら一応経緯を話し始めたのである。 すると彼女は困りきっている私の様子を察して
 「山崎さん、いろいろお世話になりましたけど、ご心配なさらなくて結構ですよ私も平田さんから電話が来なくなったので大体見当はついていました。 だから私も甲府の叔母の話に乗ろうと決心したのです。 甲府の人へは平田さんの話に決着がついておりませんので返事を渋っているのですが、色よい返事をくれるまで毎日電話をすると毎晩九時に電話が入るのよ。 昨日は早稲田と慶応の大学に行っている二人の息子さんが来てくれて、ぜひ父と一緒になって私たちのお母さんになって下さい、と言ってくれました」
 との話である。 私は肩の重荷がイッペンに吹き飛んだ。 
 「いやー、それはおめでとう。 乞われて嫁(ゆ)くのが一番幸せですよ。 今まで、なんと話そうかと気が重かったが今日は楽しく酒が飲める」
 「私も今日ですっきりした感じです。 だけど年が年だし、大していい男っ振りでもないし、皆さんお会いしたら何でこんな人とと、思われるかもしれないけど、会っていて話は尽きないし、大変楽しいんです」
 「そんなこと言って、そういう人に限って会ってみるといい男なんじゃないの。 だけどあなたをそんなに夢中にさせるなんて、どんな人なのかな? 会ってみたいね」
 「そうね、雰囲気は常務さんに似ているのよ」
 「へえー、平島常務の雰囲気が女性を夢中にさせるとは知らなかった。 そんなことを言われて常務に自信を持たせると常務の人生が狂ってしまうんじゃないの? 常務気をつけないと危ないですよ」
 「今晩も九時に電話が来るの? 毎晩の電話で何を話すことがあるの?」
 「私は今まで男と女の間で燃えるような思いなど無いと思っていましたけど、年や男っ振りに関係なく、そういうことってあるものなのね」
 どんなに冷やかされても楽しくてしようが無いと言った感じである。 
 桂のママは姪がこれでは仕事にならんと言った顔付きで我々に任せっきりである。 すると今までニコニコ笑顔で我々の話を聞いていた無口の中山経理部長が、突然立ち上がると、お銚子をマイク代わりにして
 「ところでお嬢さん、初キッスはいつ、どこでありましたか?」
 と聞いたものだ。
 「この年になってそんなものは無いわよ」
 「いや、今おっしゃった燃えるような思いは年に関係ないんでしょう?」
 「そうね、ちゃんとムード作りはしてくれたわよ」
 自分では喋るまい喋るまいと心を抑えている様子であるが、口が自然と動いて言葉が口から飛び出してくるのである。
 「式はいつ挙げることになっておりますか?」
 「私はまだ正式に返事をしていないのに相手は一ヶ月で会社を辞めて来てくれと言うのよ。 うちの会社は辞めるときは三ヶ月前の申告になっているの。 私が仕入れ関係の仕事をしているから代わりの人が入社して慣れるまではどうしても三ヶ月はかかるわね。 そう言ったらあの人、うちの社長に事情を話して直談判すると言うのよ」
 先方さんがいつの間にか、あの人に変わってしまった。
 「息子が二人早稲田と慶応の大学へ行っているからお金なんか無いけど、私もこの年になるまで働いてきたから多少の貯えもあるし、第一私は貧乏には慣れているから、どうせ苦労をするならこういう人のところで苦労したいと言う気になってきたわ」
 一ヶ月前には全く見られなかった彼女の上気した顔がそこにあった。 ご主人になる人は甲府方面の、ある金融機関の支店長だそうである。 
 「へえー、美枝ちゃんも支店長夫人か。 美枝ちゃんなんて気安く呼べなくなるな」
 甲府の男性もなかなかヤルものである。 昔から女性にモテる条件は「一、押し 二、金 三、男」 だそうであるが、あるプレイボーイに言わせると
 「いや、女を落とすには余計なものはいらない。 一押し、二押し、三も押し、押しの一手よ」
 と言う。 然し幾ら押しの一手でも相手に押しを受け入れさせる最低の条件は必要なのであろう。 女性に対してこの最低の条件とは 「優しさとムード作り」だそうである。
 私は平田君にこのカンジンカナメの指導を怠ったばっかりに甲府の彼と決定的な差が開き、完全な敗北となってしまった。 しかし今回の敗北は同じ敗北でも私にとっては大変楽しい敗北であった。
 富田社長と私の二人でぜひ遊びに来て欲しいと招待されているので後日、押し掛ける予定でいる。
 結婚式が終わって約ひと月後
 「何が、感激だった?」
 と意地悪く聞いたら
 「二人の息子さんから”お母さん”と呼ばれた時が一番の感激でした」
 という返事が返ってきた。
  

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