金儲けは 固く行くか 軟らかく行くか 貴方ならどうする
軟らかい話
先日、私が川越営業所へ出かけたら営業所の担当の社員が、これから秋山社長の会社へ納品に行くと言う。私も暫くご無沙汰しているから丁度良い。社長は十時過ぎには外出してほとんど会社にはいない人だが運がよければ会えるかもしれない。会えない時は、ご挨拶の添え書きをした名刺を置いてこよう と一緒に出掛けたのであった。
すると、いないだろうと思った社長が珍しく会社にいたのである。
「あれ、今日はどうしたのですか?もう出かけられてお留守だろうと覚悟をして来たのですが…」
「いや、今日はさっきまで来客があってね。これは丁度言い。山崎さん久し振りだから昼飯でもご馳走するから車は帰しなさいよ」
「それは有り難い。遠慮なくお世話になります」
「それじゃ桶川に有名な川魚料理屋があるんだ。そこで昼飯でも食おうか」
秋山社長は食道楽である。今日は素晴らしいものを食わせてもらえるぞと喜んでついて行ったら、何と今日は定休日なんですよとの話だ。女将が
「秋山さんのことだから、板前がいれば何とかするのですが生憎、出掛けてしまっているものですから…」
と気の毒そうに言う。
「仕方がない。じゃ山崎さん風呂にでも入りに行くかね」
「え?」
私は意味が分らず思わず聞き返した。
「いや、鴻巣に新しいサウナが出来てね。三回ほど行ってみたが、これが中々いいサウナなんだ。今から行くと空いているし、ゆっくり風呂へ入ってマッサージ掛かって、大広間でビール飲みながらカラオケ唄うのもいいものだよ。大広間のカラオケは無料だから山崎さんバンバン唄えるよ。昼間のんびりするのもいいものなんだ。社長が行方不明というのもたまには社員教育にいいものだよ」
と、言われれば断るわけにも行かない。それどころか、こんなことが出来るのならこんないいことはないのだ。秋山社長と一緒の行動だったとなれば、社員も「それじゃ、しょうがないですね」と言うに決まっている。何を言われても構わぬ。覚悟は決まった。しかしあとで川越営業所の社員から
「社長、電話ぐらいくれないと困りますよ」
と、文句を言われる羽目となる。私も三時間くらいと思ったのが、すっかり乗ってしまい延々八時間になろうとは夢にも思わなかったのであった。
「今の時間のサウナは本当にのんびり出来るでしょうね。それに聞くところによりますと、この頃はサウナに限らず、都内より地方のほうが豪華な店が多いそうだから」
二人でサウナに直行した。さすがの大浴場には我々のほかに客はない大風呂には勢いよく滝が落ちており、この滝に肩を打たれるのは大変気持ちが良い。サウナの他にラドンの風呂や薬草の風呂がある。あの風呂この風呂とゆっくり楽しんでから上がってマッサージを受けることになった。ベテランの女性マッサージ師が二人いる。このマッサージ師が秋山社長の顔を見ると大喜びなのである
「わあ、嬉しい。もうそろそろ秋山さん見える頃だと話しをしていたのよ。わあ嬉しい。今日は良い日だわ」
マッサージの女性は、彼が来るとチップを弾んでくれてその上、面白い話しを聞かせてくれるから彼の来るのを待ち焦がれているのだ。私も男として一度でいいからこんなにモテてみたいものだ。
マッサージを受けながら彼の話しを聞いていたら、話の内容がどうもおかしいのである。彼の職業がいつの間にか床屋の主人と言うことになっているのだ。
「うちのカミさんは、腕が良くて働き者でしてね。だからいつも客が一杯なんですよ。それなのに亭主の私を大事にしてくれましてね。今日もあんたは働かなくていいからゆっくり遊んでいらっしゃいと小遣いをたっぷり持たされて遊びに出してくれるのです。私だって床屋の腕はいい腕を持っているんですよ。しかし私を指名してくるお客さんは女性客が多いんですね。その中でも二号・三号さんには特に人気があるのです。また、私は毛染めが上手いものですから髪の毛にあわせて、あそこの毛も栗色に染めてくれとか、あそこのけの生え際を揃えてくれとか、いろいろ面倒なことを頼まれるのですよ」
勿論、二人の女性は本当の話とは思っていないのだが、彼の職業は床屋さんなんだという様子でキャッキャ喜んで話しを聞いている。
「私もカミさんが働き者でヒマとカネがあるものだから、このあたりで埼玉県の理容組合の理事に推薦してもらおうと思って、こうして理事長をサウナへ連れて来たりして接待しながらお願いしているのですが、この理事長頑固でね、中々私の言うことを聞いてくれないのですよ。貴女達からも理事長に私を理事にするように頼んでくださいよ」
あれれ?いつの間にか矛先が私に回ってきて、私は理容組合の理事長に祭り上げられてしまった。しかし、私が接待を受けているのは間違いないのだから仕方がない。この場は理事長で押し通すしか方法がないだろう。
「お嬢さん(おばさんと言いたいところだが理事長となると言葉遣いも違ってくる秋山さんの話は全く逆なのですよ。本当は私の方から理事になって貰いたいと、こうしてお願いに来ているのですよ。なのにこの人は遊びが忙しいものだから中々受けてくれないのです。今日もお願いに来たのに、場所を変えて裸の話し合いをしましょう、と言うからどこへ行くのかなと思ったらなんとサウナへ連れて来られて……。確かにサウナですから裸の話し合いと言う言葉は嘘ではないのですが、それではと真面目に話しをしようとすれば冗談ばかり言って。今日もまた、誤魔化されてしまうのですよ。理事になってくれるようにお嬢さんたちからも頼んでくださいよ」
これで彼女達はどちらの話しを信じるだろうか? 貴女ならどうする? どちらも信じない? 当然だろう。
それからもワイ談で彼女達をキャッキャ喜ばせたあと、ビールでも飲んでカラオケでも唄おうかと大広間へ席を移したのである。
大広間には男女四人のグループと女性三人のグループ 、一人で来ている女性が二人の計九名の先客がいた。彼はその人達に向かって
「さあ皆さん、今日はテレビでもお馴染みのカラオケの山崎先生を連れてきました。今日のスポンサーは私だから心配しないで飲みたい人、食べたい人、唄いたい人はこちらへいらっしゃい」
ワイワイ騒いでいるうちに女性六名が集まってきて飲めや唄えの大騒ぎになった。集まってきた女性は家のことは嫁や娘に任せて遊んで歩いても心配ないという人達である。
ましてサウナの力を借りて体を少しでも引き締めたいと言う人が大半であるから、歳はとってもスタイル抜群と言うわけには行かぬ。しかし彼は私の耳元で
「伊香保の鉄火面芸者のことを思えば安いものだよ」
と、小声で言うのである。
そう言えば三年程前の話であるが、ある会の旅行会の宴会で、著と見栄えのよい芸者が私たちに、三人くらいで、もう一晩泊ってくれたら、若い美人をどんな事をしてでも支度するわよ、と言うものだからスケベエ根性まるだしで、もう一晩残ってみたら、ふた目と見られぬバアさん芸者を連れてきて、玉代だけでも十万円位カモられたことがあったっけ。あのことを考えたらここにいる女性達は我々をカモろうとか、うまいことを言って余計なカネを使わせようなどの悪意は全くない人達である。
「貴女達はこうして遊んでいるのにお互いの歳がどうの体形がどうのと思うと、ちっとも楽しくないのですよ。この広間から出て行くわけではないから他人の目は気にすることはないのです。この広間の中では今から私達も貴女達も若い青春時代に立ち戻って、絶世の美女・美男が楽しく遊んでいるのだと思い込みなさい。思い込む位のことはその気になれば誰にでも出来ることです」
思い込めといわれても一度言われただけでは無理であるが、繰り返し言って聞かせて、こちらがその態度を崩さないとだんだんその気になって来るものだ。
「先生この歌を唄って下さらない? さっきのように耳元で唄って下さると覚えやすいから」
「先生、次は私とデュエットして下さい」
「先生、ムードある歌だから踊りましょう」
太くて腕の回らない女性とチークダンスを踊るのも疲れるものだ。一時半に大広間に席を移してから七時近くまで延々五時間半の大奮闘であった。六時頃から女性がポツリポツリ帰りだしたのであるが、最初の女性が
「今日は大変楽しかったわ。先生が又秋山さんと来られる時はぜひ電話してください。どんな事があっても飛んできますから」
と、電話番号と名前を書いて置いて行くものだから他の五人も
「私たちにも必ず電話くださいよ。忘れちゃ駄目よ」
とに角、六人の女性から、こんなにハチャメチャにモテたのは後にも先にも、これが最初で恐らく最後であろう。
秋山社長のお陰で夢のような楽しい思いが出来たのであるが私自身あの時は五十歳前後の太った女性達にモテたのではない。色気ムンムンの三十五歳前後の絶世の美女六人に囲まれてハチャメチャにモテたのだったと、今でも思い込んでいるのである。
(平成元年1月記す)


