娘に送るラブレター


(1)
○大入学おめでとう。私は父兄会等で○大に来てみてあなたが○大を選んだ事に間違いがなかったことを確信している。 確かにあなたの在学中の二年間では現在進行している大規模な学園改修工事の完成には間に合わぬだろう。
又女子更衣室、ロッカー設置等校内の設備は女子学生には不十分のようである。 しかし、勉強は立派な校舎・設備でしかなされるものでない事はあなたも充分知っているはずだ。 自分自身の勉学に対する姿勢である。
現代社会ではほぼ義務教育化している高校までは環境も大切かもしれない。
だが最高学府といわれる大学ともなれば、自分に与えられた条件の中でいかに勉学に取り組むかを組み立てて考えていくことは、将来、実社会で大いに役立つ事だと私は思う。
父はあなたに願う。 二年間を出席日数と単位取得のために無気力に大学を往復するのではなく、目的をもって勉学しその目的に向かって進んでもらいたい。その目的が何であるかはあなた自身が考えることだ。
先般、短い日数であったがアメリカの大学・家庭を見聞きしてきたこと……。
アメリカの大学の受け入れ態勢は出身校の知名度でなく出身校での成績――
つまり優が幾つあるかが入学許可の基準となること等は、もしあなたが二年後、一年間でも二年間でもアメリカ留学を希望するならばおのずから目的がハッキリするだろう。 アメリカの学生が学校の知名度で勉強するのではなく、自分に与えられた条件の中で最大の努力をする姿……あなたは深く印象ずけられて帰ってきたはずだ。
あなたの従兄弟のM君は大学での目的を卒業証書ではなく”学園生活を送ること”に置いた。 G大に入学した彼は囲碁部に在籍し四年間で日本棋院五段を獲得したのである。 どのみち家業を引き継ぐM君である。 囲碁に熱中した彼は「G大にM五段あり」と天下に名を轟かしたのであるが、四年間では大学を卒業することが出来なかった。 しかし彼は、卒業証書には目もくれず四年が過ぎるとアッサリと東京を引き上げて実家に戻り父の事業を助けて働いているのである。 地方ではG大囲碁部出身、日本棋院五段ではまともに相手になる者がいない。 名声を聞き伝えて地方の名士が「一手ご教授下さい」と続々と詰めかける。 お陰様で家業はますます繁盛だ。 G大ではG大の囲碁部がM君のことを囲碁部始まって以来の実力者として、”先輩、先輩”と押し掛けて来るものだから親がいくら
「うちの息子は、G大の卒業証書は貰っておりません」
と言っても誰も信用しない。
これなどは学生としての本分の善し悪しは別として 「目的は本人の課題である」 と言うことに関しての一例であろう。
学校の伝統と言うものは学生一人一人が努力することによって良き伝統が生まれてくるものだ。 あなたも○大での学生生活の中で後輩に何かを残すことが出来れば大変幸せなことだと思う。
しかし私は、貴女に突飛なことをして欲しいとは望まない。 「平凡な生活を送れる人」これは大切なことだ。 私はあなたに平凡な生活を送れる人間になって欲しいと願う。 と同時に無気力な人間にだけはなってくれるな。 とかく平凡と無気力は混同して考えられがちであるが、全く違うということを知って欲しい。
この二年間、大いに学園生活をエンジョイしなさい。 そしてこの二年間であなたがどのように変化してゆくか私は楽しみに見守ってゆきたい。 私もあなたと頑張りながら……。
愛する父より
(2) 夏休みの感想いかがでしたか? よく遊んだようだし映画も良く見に行ったようだ。 朝寝坊もしたし、アルバイトもやった。合宿にも行ったし、家族で旅行にも出かけた。 あまり勉強はしていないように見受けられたが、充実した夏休みが送れましたか?
八月の下旬にはアメリカでお世話になった従兄弟の忠君夫妻が日本へ一時帰国し、その後のアメリカの大学の話し、知り合いになった人々の消息等の話を聞いて、来年は又絶対に行くんだと息巻いていたが、それならそれなりの心の準備と頭の準備が必要だろうと思う(私のほうにお金の準備が出来るかな)
忠君は勤務先の小西六よりアメリカ留学を命ぜられて勉強している。 会社の留学生派遣試験に合格し、呈出したレポートが認められて会社の費用で二年間アメリカで勉強しているのである。 現在ミルウォーキー大学で勉強中であるが、今年の成績が良い結果で進みそうなので、あと二年、今度はカリフォルニア大学で勉強できそうだと話していた。
彼は会社より派遣が決定したとき大学の選定に苦労した。 出身校のK大での
成績がカンバシクなかったからである。 要するに推薦入学をするには優の数が不足であった。 好きな学科は優秀な成績であったが、嫌いな学科は麻雀ばかりやって努力を怠った結果である。 のちに選考委員の重役さんが
「うちの会社の社員にそんな成績の悪いのがいたのか」
と驚いたそうだが彼の人間性を如実に示しているエピソードである。
アメリカの大学の勉強では生半可な英語では通用しない。 最初の半年間はアメリカの英語学校での勉強であった。 世界各国から集まった生徒の中で(勿論日本の東大卒もいる)彼は首席で卒業したのである。 今度はあの重役さんが”会社の名誉である”と喜んで両親に電話を掛けてきたそうだ。
私はあなたにオールマイティの人間になれとは願っていない。 しかし、あれも駄目これも駄目では悲しい。 自分がこれはと思うものに熱中し身につけて欲しい。 それが後々あなたの人間の幅を広げるだろう。
頭が良いとか、勉強ができると言われる人は、学生のうちは記憶力の良さと集中力を保てるかの差のように私は思う。 記憶力の良し悪しはある程度天分のものがあろうが、集中力は努力によって出来るものだ。 実社会ではこれに一番大切な判断力が加わるのである。 少ない時間を有意義に使いたいものである。
学生生活を楽しく後々までも話題が尽きぬように送って欲しい。 クラブ活動もその一つであるが学生生活の思い出に 「イタズラ」 がある。 大いにイタズラをしなさい。 ただしイタズラでは男と女・大人と子供それぞれ内容が異なることに注意して欲しい。 大学生が子供のイタズラをしたのでは笑われる。 イタズラは多少他人に迷惑が掛かる。 多少である事が大切だ。 大きな迷惑はイタズラではない。 イタズラがバレて怒鳴る人、見逃して笑って済ませてくれる人いろいろあろうが、怒鳴られて 「すみません」 と素直に謝る事が大切だ。 そしてイタズラには必ずユーモアがなければならない。 ユーモアのないイタズラは私は嫌いだ。
バス旅行で眠った人のメガネを墨で黒く塗ってしまった。 やがて目の覚めた人はまだ太陽が出ている車外をすかして見て
「あれ、もう夜なのか。 そんなに寝たのかな?」
と大きく伸びをした。 高校では嫌いな先生の授業のとき黒板に、○○先生の墓とお墓の絵を書きそれを軽く消しておくのである。 カルーク消すのが大切だ。書きっ放しでは字の癖から誰が書いたかすぐ分かってしまうが軽く消すと分からない。 また先生が教室に入ってきてもすぐに分からず、黒板を使っていくうちに
「あれ何か書いてあるぞ」
と目を凝らすのが面白いのである。
ゴキブリ(ちいさめがよい)の死んだのを持ってゆき、ラーメン半分食べてからそれを入れてかき回し店の人に注意するとタダになる。 あまりやると常習犯で警察に突き出されるから注意。
昔、南京虫取りの名人がいた。 南京虫の習性を研究したのである。 南京虫は暗くなると活動し明るくなると暗いところへ隠れるのである。 それも穴にもぐり込みたがる。 四角い木に適当に穴をあけたものを通り道の部屋の隅へ置いておくと、その穴へ南京虫がもぐり込む。 これを生け捕り、小さな缶へ入れて
映画館へ行く。 隣の人の衣服へ一匹くっつけると効果てきめん、数分待たずに体をもぞもぞやり出すのである。 あの人は四分、この人は我慢強くて十分などと時間を計ったものであった。 今でもこの仲間が集まると思い出話に一晩中話が尽きない。
状況を判断し素早く新手を考えていくことは頭の回転の訓練にも役立つはずだ。 私は会社でも言っている。
「立派なイタズラで問題が起きたときは私が責任を取るから心配するな」
しかし立派なイタズラなら笑って終わりになるので、現在まで怒鳴り込まれたことはない。 だが気をつけぬと社員旅行のときなど 「私が社長」 とか 「妾募集」 などと書いた紙を背中に貼り付けられる事がある。
今後も学校の話、友人の話、先輩の話などいろいろ聞かせて欲しい。
私もあなたの年代に戻って話が出来るのが何より楽しいから。
愛する父より
(3)
冬休みから期末試験へと移り、現在では再び八月の後半にアメリカへ行くんだとその費用作りでアルバイトに精を出しているあなたの姿を見て私は
「おう、すっかり大学生らしくなったな」
と頼もしく思っています。
前回のアメリカ訪問は初めての経験でもあり無我夢中であったことと思いますが、八月までにはまだまだ日数もありますので出来得る限り予備知識を勉強し、テーマを考えて行くようにした方が良いと思います。
アメリカの中流家庭の考え方は我々日本人が想像する以上に堅実で保守的でさえあると聞いています。 あなた自身の目でアメリカの社会構造、家庭生活、親子関係等を確かめてきなさい。
アメリカ社会より親子関係一つを抜き取って見た場合、その社会構造の違いより、日本の学生とアメリカの学生とは大きな差があるようです。
アメリカの家庭では高校生以上になると大半の学生は、学資を自分で働きながら賄うけれど、日本の学生はほとんどが親掛かりで大学を卒業すると言う違いがある。 大学受験に来た若者が一流ホテルに宿泊するなぞは、たとえこれが全体から見れば、ほんの一部の学生にしろ外国人の目より見れば大変奇異に、そして日本とはなんと豊かな国なのかと映るらしい。
私の従兄弟の貫太郎君は岡山より上京して東大を受験したとき、数多い親戚を挨拶代わりに泊まり歩きながら合格してしまった。 心に余裕があるからである。 卒業後K製鉄に入社して現場の管理職となったときは、職人たちと焼酎を酌み交わして意気投合し、若いのに年配の職人からも「おやじさん、おやじさん」と慕われたものである。 当時の東大とて現代同様難しかったのだ。 過保護
に育てられてなんで人情の機微や人の痛さを理解する事が出来るだろうか。
アメリカでは勉強の合間に働くのだから学資を稼ぐのがやっとで贅沢などは出来ない。 楽な生活が出来るほど働いたのでは勉強をする時間が出来ないのだ。 試験は多いし、レポート提出の数も多い。 結果が悪ければ情け容赦もなく落第させる。
だから学生はぎりぎりの収入で生活するから自然と衣食に金をかけなくなるのである。 アメリカの学生が粗衣粗食に耐えて勉強しているのに反し日本の学生はどうであろうか。
日本では大学生の息子の方が父親より小遣いを多く持っているなぞの笑えぬ笑い話が生まれてくるのだ。 大半の日本の家庭は、子供の教育費に追われたり住宅ローンに追われたりして全く余裕がない。
諸外国の人達より日本は豊だ豊だと言われても豊かさを実感している日本人は数少ないであろう。 ところがアメリカでは子供が高校生になると親の手から離れるので日本とは逆に中年族が金を持ち、豊な生活が出来るから老後の備えも出来るのである。 日本では子供に手がかからぬようになると金がかかるようになると言われているのとは大違いである。
このように社会構造の違いからアメリカ人が日本に来ると、日本の若い人の華やかさにビックリ仰天、日本人は何と金持ちなんだろうと思い込んでしまうと言う。
アメリカの親たちが自分の国の若者がパーティの時くらいしか綺麗な服装をしないと言う習慣で生活していると、日本を表面からだけ見たのでは、こういった誤解を招くのも無理からぬことかもしれない。
しかしこういった誤解がもとで貿易摩擦だとか防衛費の増額要求に繋がるとしたら笑いごとでは済まされない。
確かに日本の工業力、技術力の一部はアメリカを追い越したものもあるかも知れないが、全体でアメリカを凌駕したなぞと考える事は非常に危険である。
これからの日本は諸外国との協調なしには生きられない。 お互いを理解し合い、それでも誤解があればそれを説得する説得力も必要であろう。 あなたたち若い人は常に質素を心掛け、慎ましく(古いと言うかもしれないが古くとも良いことは良いのだと言うことを知ってほしい)それでいて広い視野に立ち積極的に勉強してもらいたい。 どうか若い時代を目一杯生きてください。 私も中年(本当は壮年と言いたい)をあなたと張り合って生きていきたいから……。
愛する父より
(4)
「短大」。 なるほど言葉通り短い。 二年生になったばかりだというのに、就職だ、卒業だと言う言葉を聞かされると、短大とは短いものだとつくずく感じる。
娘の大学受験のときは
「女の子の四年間は長すぎる。 折角、みんなより早く合格が決まったのだから短大にしたほうが良いと思うよ」
と盛んに煽り立てたが、それでも娘が四年生の大学にしようかしら? と迷うと
「少しは実社会の経験も必要だから、何とか短大に決めなさい」
と半ば命令調に頼むようにして納得させたのであった。
しかし、この夏頃からすっかり娘らしくなってきた我が子を見て、このまま実社会へ送り出すのはモッタイナイような複雑な気持ちの毎日である。
○大最初の一年間は父親の私も大分気負っていたようだ。 娘には面と向かっては何となく言いにくく、「娘に送るラブレター」と題して、意見がましい記事を三回続けて書いたが、娘はどう受け取ったのか、さしたる反応も見せずに過ぎた。 今年は大人になりつつある娘に意見でもあるまい、と方向転換をする積りである。 私のことを妻は
「あなたは自分のすることにすぐ酔ってしまうから駄目なのよ」
と評し、手厳しい。 もっとも外では若いときに比べると大分飲めるようになった酒が、家では依然弱く、ビール一本も飲めば酔っ払ってすぐ眠くなってしまうのである。 だから家内は文章も自分の書いたものに自分が酔っ払う分には良いが、私の書いたものに娘が感激してくれると期待するのは無理だと言うのである。
私は何もそこまで考えて書いているわけではないが、書いた原稿を責任上何度も読み返しているのを見て、私の性格を知り尽くしている家内の目には、自分の文章に酔いしいれて、読み返しているくらいにしか映らぬのであろう。
私は何事にも熱中するがあまり実績が上がらず、割と早く冷めやすい。 先日も家族に麻雀を教えると威張ったのは良いが、サイコロを振ってからの配パイが右回りか左回りか分からなくなってしまった。 いつもうまい者がいて取り出す場所をサット示してくれるから、改まって考えた事がないからである。
釣もへら鮒から海釣りまで一通りやったが、へらの仕掛けから餌のぶっこみまでを友人がやってくれて私はただ竿を上げ下げしていただけだから一日十何キロ釣った経験があるといっても自慢にはならない。 海釣りは全くの舟頭任せで糸が絡んだと言っては舟頭さん、魚が針を飲み込んだたいっては舟頭さんだから上達するはずがない。 だからすぐ飽きがきてやめてしまった。 道具は埃まみれで物置にしまっておいた。
当時小学校三年の息子が、漫画や雑誌の釣りブームの影響を受けて経験もないくせに盛んに能書きを言う。
「お父さんだって昔は相当釣りをやったんだぞ」
といって道具を見せたら
「お父さんって、すごいんだなあ」
と尊敬の眼差しで私を見つめる。 男の心は男にしか理解できぬのだと嬉しくなって
「高志が釣りをやるならこれ全部あげるよ」
私の道楽が感謝感激最高に喜ばれたのはこれくらいであろうか。
ゴルフは、ゴルフを始めて三回くらいでハーフ五十台で回るようになったものだから有頂天になり道楽をゴルフ一本にまとめますと宣言して、ビルの屋上に距離は十五メートルくらいであるが、夜間照明つき三打席のネットを張りシングルゴルファーを目指したのである。 ところが途中でゴルフに関しての実用新案を三つほど思いつき、練習そっちのけで熱中してしまった。 お陰で私の練習場で教えた後輩がドンドン私を追い抜き、いつも私からチョコレートを取っていく。
実用新案で金儲け……? これはいけると思った考案には先願者がおり、商品化が困難と思われるものがいくつか特許庁より実用新案が認められた。 ところが特許とは、出願に金がかかり、補正に金がかかり、くだらぬものでも実新がおりると弁理士に成功謝礼金として金がかかることが分かり、今ではくだらぬことは考えぬようにしている。
どうにか現在まで続いているのは、ゴルフは別として草野球とカラオケくらいのものであろうか。
草野球は一選手として投手を務めるのが自慢である。 特別うまいわけではない。 草野球はスライダーとカーブが投げられてストライクを取れればスローボールでも相手によっては結構通用する。
カラオケは自分では大分うまくなった積りでいるが、へたくそな時代、娘たちに散々聞かせたため、家内が娘たちに
「本当にお父さん大分うまくなったわよ」
と言ってくれても
「へえー、やっぱり夫婦っていいものね」
とからかわれるだけで全然信用されない。
私は娘が大きくなったら二人の娘を連れて恋人気取りで飲み歩くことを夢見ていたが
「お父さんと行くと、すぐ唄うから恥ずかしくて嫌だわ」
と断られる始末で当分夢は実現されそうにない。 仕方がない。 娘にカラオケの好きな恋人でも出来ればと願っている次第である。
今年の春休みに、弁護士の義弟が新しい事務所開きをした。 そのパーテイのホステス役の手伝いを娘が頼まれた。 私は娘がその役目を果たせるか心配しながらお祝いを持って出かけたのである。 娘は私が行くと
「あら、割と早く来たのね、何を飲みますか」
多少恥らいながら、またよそよそしく聞いたのである。 私は
「じゃ、ビールでも貰おうか」
と言いながら、すっかり娘らしくなった我が子を惚れ惚れと眺めていたのであった。 すると我が娘はビールを並べてあるテーブルまで行くと、そこにコップを置いてどくどくとビールを注ぎこみ、半分くらい泡のビールを
「どうぞ」
といって、驚く私に持ってきたのであった。
――しまった。 最低限の酒席の教育をしておくべきだった。 早めに来たからよかったものの、娘にとんだ恥をかかせるところだった――。
私は悔やむとともに、また、ほっとした気持ちであった。
「水割りなら向こうで作ってきてもいいけど、ビールはお盆にコップとビールを載せてきて、お客さんがコップを持ってからお酌をするものだよ。 こんなに泡を立てないようにね」
「あら、そういうものなの」
娘は天真爛漫に笑っている。
この娘も夏休みには一年生の後輩から山ア先輩・山ア先輩と書かれたはがきが来ているのを見ると、クラブ活動などでは結構先輩面をしているのかなと微笑を禁じ得ない。
クラブ活動だ、コンパだ、会社訪問だと忙しく動き回っている娘……その一節ごとに大きく成長して行く感じがする。
どうか残り少ない学園生活を目一杯楽しんでもらいたい..。 昭和56年9月
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