社名で企業は栄える?
 会社の名前で苦労する
 自分の会社の社名を決定するまでは誰でも結構、苦労しているようである。 
創業当時、まず少人数の場合はさしたる悩みは少ないようであるが、業容も整い、業績も十五年、二十年と順調に推移してからの社名変更には特にどなたもそれぞれ大分苦労していらっしゃるらしい。
 生まれてくる子供の名前にも苦労するのだから、自分の一生を託する会社の名前であれば真剣に悩むのは当たり前かもしれない。
 私の会社も、昭和五十八年の二月に「株式会社ネジのヤマザキ」から、ネジを取って「株式会社ヤマザキ」と改称した。 改称するまでの我が社の社名は、取扱商品を社名としているものだから、得意先からネジヤマさんと呼ばれたりしてピッタリの社名であったのだ。
 ところが、昭和五十四,五十五年ころからネジ以外の商品を手掛けるようになってきて、社名のネジが問題になってきた。 得意先の担当者が、いちいち上司に説明しなければならない。 そして、ネジと言う名前から相手が受ける印象は 「小さいもの」 と言う、固定観念がある。 だから、鉄鋼構造物をネジ屋に発注して大丈夫なのか? ということになるし、買い掛けの金額だけを見た人は
 「ネジ屋にしては、扱い金額が多すぎるのではないか?」
 と注意されるという。 ネジがついていない会社は月商が億の金額でも何も言われないのに、ネジがついているだけでマークされるのはかなわない。
 「ネジヤマさん、社名を変えたらどうですか? 上司は説明をすれば分かってくれるのですが、年寄りは聞いたことをすぐ忘れますからね。 毎月同じ説明をするのも大変なんですよ」
 と言われることが多くなってきた。 それで二年位前より社名変更を真剣に検討し始めてきたのである。 
 そのころ、たまたま出席した勉強会で
 「男は五十を過ぎたら行動に落ち着きがほしい。 若いうちは思い立ったら即、行動でも良いが、男五十ともなれば行動を起こす前に一歩退いて、じっくり見直すくらいの心の余裕を持つべきである」
 と教育された。 私もその通りだと思ったので、まず社員に呼掛けて 「社名」の懸賞募集を行った。
 従来の名前にこだわることなく、これからの我が社を表現するにふさわしい社名、今流行りの横文字でも構わない、としたのである。 ところがいざとなるとなかなか適当な名前とはないものだ。 皆と相談すればするほど意見は分かれるし、決心もぐらつくのである。
 仕方がない、ネジを取って「株式会社ヤマザキ」にしようか? 安易な方法のように思われるが、社員全員で激論の末に決意したことは、それはそれで意義がある――という話になった。

 
 易者に頼る 
 すると、私が懇意にしている松浦氏が訪ねて来てくれた。
 大田区に良く当たる易者がいるから、これからすぐ連れて行く。 松浦氏も、迷いが生じたときは見てもらって参考にしていると言う。 私も思い悩んでいたので連れて行ってもらった。 易者の先生が言うのには
 「社名としてはネジのヤマザキとヤマザキでは、ネジを取った株式会社ヤマザキのほうが良い名前です。 しかし、単なる株式会社ヤマザキは労多くして実りの少ない名前ですから、あと三画加えなさい。 そうすれば理想的な良い名前になりますよ」
 そこで私は 「株式会社コーヤマザキ」 または 「ヤマザキコー株式会社」のどちらかにしようと真剣に考えたのである。 ゴロも悪くない。 社員も賛成してくれるだろう。 ところが社員たちは
 「以前の社長なら易だとか占いなど全く気にしなかったのに……」
 と言って笑うのである。 これは今後も迷いが生じたときは我々の意見より易に頼るのですか? と言っているのだ。

  
易にも流派があるか 
 
言われてみればまさにその通りだ。 社員たちとこうしようと決めた事を易者の一言で変えるようでは、今後も問題である。 
 しかし私は、分かっていながら決心がつきかねた。 そして易にも流派があるのではなかろうか? Aの人が右と言ったことも、Bの易者は左と言うかもしれない。 それを確認してみたいものだ。 との気持ちが心から離れないものだから、毎日重い気分であった。 
 昭和五十七年、我が社が所属する東京鋲螺協同組合で経営委員会による研修会が開かれた。 この講師の先生が所定の時間より大分早く会場に到着され、たまたま他の所用で早く来ていた私が接待役を務めたのである。 いろいろな雑談の後で、社名により伸びた会社、縮んだ会社の話に移っていった。
 ちょうど私も社名を変えたいと悩んでいたので、その話しをしたところ、先生は
 「私も易を見るのです。 それでは、私が山崎さんの会社の社名をじっくり見てあげますよ。 結果は後ほど、お手紙で知らせてあげますよ」
 と言ってくれたんである。
 そして三週間ほどの後に頂いたお手紙には、
 「私がじっくり見立てた結果では、株式会社ネジのヤマザキという社名は大変良い名前である。 だから後に悔いを残さぬためにも社名はそのままにして変えるな」
 という内容であった。 やはり易にも流派があったのだ。 これで決心がついた。

  
親切な人は多くいる 
 
ところが、この世の中には親切な人が多くいるものである。 村上さんがわざわざ埼玉県から出てきてくれて
 「北千住に実によく当たるお告げを伝える方がおります。 お寺のご住職の奥さんですが、実にきっぱりと迷いを断ってくれますよ。 お布施は五千円でいいですから、私についていらっしゃい」
 この親切な心に対して、もう決定しましたよ、とは言いにくい。 まあ、出てきたお告げを採る採らないは私の自由だ。 と決心してついて行ったのである。 そして、村上さんの顔も立てなければと、一万円のお布施を包んだのであった。
 行ってみると、なかなか立派なお寺であった。 70歳を過ぎていようかと思われる奥様が本堂の仏壇に向かって熱心に祈祷を始めた。 しばらくすると、神様ならぬ仏様が奥様に乗り移ったのか、若い凛とした声で、
 「二年遅い! しかし、まだ間に合う。 株式会社ヤマザキ、これは良い名前だ。 迷うことなく節分までに株式会社ヤマザキで手続きを完了しなさい!」
 聞いている私はオッタマゲた。 私にこんな都合の良いお告げなど、全く期待していなかった。 私の人生経験の中で、相談者に120パーセント都合の良いお告げが出たと言う話などこれまで聞いたことがない。
 だがこのお告げには思い当たる節が多々あるのだ。 最初、二年遅い! と言われたときは愕然とした。 確かに二年前からいろいろと問題が起きていたのである。 が、まだ間に合う! と言われてほっとした。
 このお告げが出た日が一月の半ばの頃であった。 私は会社へ飛んで帰ると
 「これで完全に迷いが吹っ切れた」
 と皆で手分けをし、登記、金融機関への手続き、取引関係への案内、印刷物の名称変更等を、一月末日までに完了したのであった。
 昨今のような経済情勢では、労多くして実りの少ない名前、と言う言葉も頭を掠める事もあるが、社名を改称してからの我が社の順調な歩みと、平成10年11月には三回目の優良申告法人に再々表敬を受けられたこと。 さらに11年7月には倍額増資の7000万円と言う資本金の会社に成長できた事などを考え合わせると、大黒様(お寺の住職の奥様の意)が「株式会社ヤマザキは良い名前だ」 と凛とした大声で言ってくださったお陰かと感謝しているのである。
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