旅は未知連れ夜は情け 
  芸者の質は客次第 
 磯野氏が業界の懇親旅行で四国のある温泉地へ出かけた. 二十数名の旅行であったが瀬戸大橋開通後の混雑で、実行を十ヶ月ほど延期したものだから、積立金が意外と貯まり、なかなかの大名旅行であった. 四国も飛行機で行けばひとっ飛びである.松山空港の近くで一泊し、二日目に瀬戸大橋を見学して、メインデッシュの目的地へ乗り込んだのであった. だから宿泊もホテルでなく懐石料理の純日本風旅館、接客の女性もチャラチャラしたコンパニオンでなく、芸者さんを十二名と豪華である.
 近頃の宴会では芸者さんだとバアサンばかりで、その上、玉代が高いから、若くて安いコンパニオンがよいという傾向だ. それも普通は五,六名に一名くらいの割合だから、それに比べたら超豪華である.
 ところが三味線の姐さんはどう見ても七十を超えているだろうと思われるバアサンだ. お座敷をつける姐さんも踊りが達者だと見れば五十前後と思われる芸者である. どうにか三十台を保っているかなと見える妓は土地の民謡に合わせて踊るのであるから、盆踊りでも見物している感じである.
 「お! 若さだけが取り柄?」
 と思える若い妓は何も出来ず、話題もさほどなく、(だが猥談となると途端に元気になる)黙って座っているだけなのであるが、客もまた悪い.この何も出来ない妓を、客のおじさん連中がおだてまくり、チヤホヤするのである.
 姐さん芸者がお座敷を付けても、それを見て楽しむ者など誰もいない. 大体姐さん芸者が高いお座敷着の和服を着て来ても、その価値を分かってくれる客がいないと言う. だから酔っ払いに酒でもかけられたらたまらないと思うから、常連の上客でもない限りは、いい着物など着て来なくなる. 金をかけて芸を磨いても見てくれないのであれば芸もいい加減になってしまう. 客が芸者の質を下げてしまっているのだ.
 
 昔の美女と意気投合 
 三味線のお姐さんは相当修行を積み、昔は名妓と言われたのだろうけど声もかけてもらえない. お座敷が終わって宴席の中へ入って行くと「シッ、シッ」と声は出さずとも、子犬でも追っ払うような態度を示される.
 粋人でフェミニストの磯野氏は自分の席へ呼び寄せると、昔の花柳界の華やかなりし頃の思い出話などを交わしたのであった.
 彼女?は、いたく喜んで
 「昔を思い出して小唄を二つ、三つ唄うから聞いてくださいよ」
 と三味線を持って来た. さすが七十を過ぎていれば声の張りは落ちているが、永年鍛えただけに、しっとりとした味のある唄い方である. 磯野氏も調子に乗り、彼女の糸に合わせてしばらく振りで幾つかを披露した.
 女性を合わせて四十名を越える喧騒の中でこの場所だけはしっとりとした空間が出来上がったのであった.
 そうこうしているうちに彼女が意を決した面持ちでポツリと言った.
 「磯野さん、お願いがあるんだけど聞いてくれない?」
 「なにさ……」
 「あの――、金銭抜きでいいから、今夜あたしと付き合ってくれない?」
  えっ! まさか――、全く予期せぬことなので心臓が止まるかと思うほどビックリした. 磯野氏も昔の花柳界を知っているくらいだから若くはないが、それでも何とか五十歳台を維持している歳なのだ. 六十近いと言っても若く見られる方だから
 「磯野さんは五十一?二?」
 と言われるのが自慢の一つなのである.それに
 「俺はまだ若い女性にモテる」
 という気負いもある.それがどう見ても一回り以上も上の女性に言い寄られたのは初めての経験だ.
  
ボランテイア精神を貫け
 しかし、今日は彼女にボランテイアの積りで接したのだから、この精神は貫かねばならぬだろう.
 「いいよ、じゃ、この席が終わったらカラオケでも唄いに行くかい?」
 「あら、いいの? 嬉しいわ.懇意な店を知っているから、安い店だし、そこえご案内します」
 カラオケのある小料理屋を二軒も回った.それぞれ芸者をやめた後輩の妓が開いている店である.
 「あら、お姐さん、いい男とご一緒でご機嫌じゃないの」
 とカラカワレルのが嬉しいらしい.彼女達はこの業界で鍛えられただけに客の気持ちをそらさない. 磯野氏もボランテアの積りと思っていたことを忘れて、若やいだ気持ちとなり、楽しいひと時を過ごしたのであった.
 「磯野さん、お願いがあるんだけど……」
 小声で言うのである.
 「何さ」
 「私の家、この近くなんだけど、寄ってくれない?」
 忘れていたボランテイアを思い起こさせられた. しかしここまで来た以上、最後の仕上げをせねばならぬだろう.
 「じゃ、お茶でも一杯ご馳走になろうか」
 わかっているくせに気障な台詞を吐くものだ.
 広くはないが庭付きの一戸建てである. 昔の妾宅とはこんなものであったのだろう.
 舟橋聖一の小説なら、この場合、玄関にバアヤが出て来て三つ指ついて
 「旦那様、お帰りなさいませ.お風呂がわいておりますからまずどうぞ」
 と言うのであろうが、今夜はこのバアヤも彼女が兼ねているからそんなことは言わない.
  
彼女の一言で立場が逆転  
 彼女はお茶を入れると
 「ちょっと待ってね」
 襖を開けて中に入ると、奥の部屋に布団を敷きだした. まあ仕方がない。これが成り行きと言うものだ. 
 言わず語らずに部屋を移り、サテとなったら
 「磯野さん、お願いがあるんだけど」
 よくお願いがある女性だな。 今度は何だろうと思いながら 「何さ」
 「あたしにお小遣い、くれない?」
 と来たもんだ。 冗談じゃない。 本当はこちらが言いたいくらいの台詞なのだ。それを素振りにも見せず、ボランテアの精神を貫いてここまで来たのである。それをこの期に及んで、お小遣いくれない?はないもんだと思いつつも静かな声で
 「八千代さん、それは最初の約束と違うんじゃないの?金銭抜きでと言うことだったでしょう」
 「だって磯野さん、途中では気前が良かったから、私もお小遣いを欲しくなったのよ」
 「あれは、あんたの仲間のお店でしょう。 あんたの顔を立てるためにしたことで、あれとこれとは違うよ。 約束が違うなら俺は帰る!」
 パッと立ち上がって衣服を着け出した。 彼女はビックリした目で彼を見上げると、手を伸ばして下着を握りしめながら
 「そんなこと言わないで……。 私の言ったこと全部撤回するから、怒らないで帰らないで……」
 仕方ない。 ここまで来て怒って帰るのも大人気ない。 彼はまた、下着を取って布団に横になったが、どうも気持ちがすっきりしない。
 「じゃ、八千代さん、あんたが上になんなよ」
 「えっ、いや! それだけは勘弁してよ。 あたしそれだけは経験したことがないのよ。 だから勘弁して」
 「経験したことがないのなら、いい経験させてあげるから」
 「あんたは悪い人ね。 今までもこんなことを言って女をいじめているんでしょう」
 「そんなこと、どっちでもいいから、乗るの?乗らないの?乗らないなら帰る」

 「わかったわよ。 今、やってみるわよ」
 彼の話だと女性が「おんな」になったときは歳は一切関係ないものだそうだ。かえって年配の女性が「おんな」に還ると、より若やいで情熱的になるものだと言う。彼女が上になって
 「初めての経験だけど、これもいいものね。 ああいいわ、ああ癖になりそう」
 と言ったかどうかは、うっかり彼から聞き忘れた。

 
 ショート ショート
   松茸
 塀へ誰かが松茸の落書きをする。それを娘から聞いた母親が
 「早く消しておしまい」
 と言うので、娘がこすって消すと、また前より大きい松茸が書かれ、それを消すと更に大きなのが書かれる。
 娘が困っていると偉いお坊様が通りかかり娘さんから事情を聞くと
 「松茸はこすればこするほど大きくなるものじゃ。 だから松茸を消すにはこうするのじゃ」
 と桶の冷水をぶっ掛けると、落書きは見る見る小さくなって消えてしまったとさ。

   松茸のようなもの
 「先生のお陰で、娘もだんだん回復しまして、この頃はもういろいろなものを食べたがりますが……」
 「もはやたいがいのものは召し上がっても大丈夫。 だがどのようなものがお望みで?」
 「松茸のようなものを……」
 「いやいや、それはいかん!」
 「松茸ガですか?」
 「いや、松茸ならよろしいが、松茸のようなものはいけません」