天使の輪
 
浮気心のない男はいないと言う。 もし全くないという者がいたとすればこれは精神状態がおかしいのであるから、 いつなんどきストレスがたまり、 それがもとでポカリ、 ブスリとやられるかも知れない。 浮気をする、 しないは本人の勝手であるが、 その気もないと言うのであればこれは問題である。 その点、 私などは至って平均的な男性であると自分で安心している。 自分で言うのであるから間違いない。 どうか皆さん、 私がバカなことを書いても精神状態は至って健全でございますのでご安心下さい。
 そもそも男というものは黙っていても自分の一物が他人より大きいか小さいかと大変気になるものらしい。 だからピンクサロンではホステスに、 股間に手を伸ばしながら
 「あら! あなたのもの、 すっごく大きいのね」
 と言うように教育している。 大きかろうが小さかろうが関係ない。 ましてズボンの上からちょっとさわっただけで大きいか小さいか判定出来るはずがない。 なのに男は
 「あなたって、すっごく大きいのね」
 と言われたことで安心し、 追加料金ウン千円、 ウン万円支払っても
 「よし、 今日はゆっくり遊んで行こう」
 という気になるものだそうだ。 
 大体ピンクサロンではホステスに
 「男とは可哀相な動物である。 家に帰れば家族より常に虐げられ、 職場ではこき使われ、 世間では認められずと言うのが大半の男である。
また、 男の大部分は、 さわってもらいたいという願望を持っているのに、家庭の主婦は求めるだけで与えようという気持ちが全くない。 だから男は常に飢えている。 ゆえに、 これをかなえてやればどんなケチナ男でも、 ドンドン金を使ってくれる。 客と思わず聖徳太子が遊びにきていると思え。 可哀相な人を慰めてやるのだたいう優しい心を持ってサービスに徹すれば五十万、 百万の収入も夢ではない」
 と毎日訓示しているそうである。
 先日、ある会の宴会が終わってから気心の知れた仲間五、六人で、めぼしい芸者三人に声を掛けて二次会を開いた。 
 ワイワイ騒いでいるうちに、 男のモノが大きいの、 小さいのと言うけれど、 標準の大きさは何か? との話になった。 皆さん、 それぞれが自分のモノが標準と思っているようであったが、 山木氏が言うのには
 「タバコのピースの空き箱を丸くして、 その中にはいるか入らないかの太さが標準である。 スイスイ通るようでは細いほうだし、 無理して入れてやぶけたというのであれば標準より太いのだ」
 との話であった。
 物の本によると、 男のモノの寸法は勃起時○○センチ、 周囲○せんちと親切に書いてあるが、実際にマジメな顔をして自分のモノの寸法を測り、一喜一憂している人は少なかろう。 ピースの空き箱一つで標準が分かるのであれば手軽でよいと皆さん納得であった。
 すると広井氏が
 「大きさよりも硬さが問題である。 大きくてもフニャフニャでは物の役に立たない。 硬さで勝負だ」
 と言い出したのである。 すると謹厳実直の堅さで通っている丸岡氏が突然
 「どうも硬さはあまり問題にならんようですよ。 ただ標準としては手を添えずにインサートできれば硬い部類に属し、 手を添えなければインサートできないのであれば軟らかい部類と判断すればよいと思います」
 と説明した。 しかし普段こういった学問にはあまり意見を出さぬ人だけに信頼度が足りないと見え、 この学説には諸説紛紛、 喧喧諤諤収拾がつかない。 それでは折角、 三人の女性がいるのだから、 この判定を仰ごうと言うことになった。
 姉さん芸者の小梅さんが言うには
 「そりゃ、 フニャフニャより硬いほうが若さがあっていいわね。 だけど 中には木か石かと思われるくらい、 硬いモノがあるのよ。 本人は自慢らしいけど女性としてはこういうのは頂けないわね。 硬い中でも弾力のある軟らか味のある硬さ、 これがいいわね。 大きさにしても、 男の人は大きければ女性が喜ぶものと思い込んでいるらしいけど、 大きくても小さくてもゼーンゼン関係ないものなのよ。 要はムード作りよね。 ムード作り次第で女性はどうにでもなるものなのよ。 しかし強いて言えば苦痛にならない程度の大きさ、これが一番いいんじゃないかしら」
 とのことであった。
 外人は大きいの、 黒人は硬いのといろいろ言う人がいるけれども、 事実、 日本人でも桁外れに大きいモノを持っている男がいるらしい。
 美人の桐子姐さんの話では、 先日ついたお座敷のことである。 一人の客が「天使の輪」を見たことあるかと、しつこく聞く。 見たいと思わないか?
俺が見せてやろうか? 見たことがないとは可哀相だとかそれはしつこい。
いくらしつこく聞かれても、 何のことだか分からず聞き流していたのであるが、 そのうちお座敷遊びの興が乗り、 お琴を彼女が弾き始めた。
 お琴と言っても娘さんが優雅に奏でる日本古来のお琴ではない。 男性を寝かせて琴に見立て、 歌に合わせて浴衣の上より琴を弾くように男性のシンボルを指で爪弾くのである。
 男性は彼女の指わざに我慢が出来なくなり形が大きく変形してくる。 これを見て周りの者が囃し立てるという、 いとも他愛のない遊びである。
 のんびりとした古きよき時代のお座敷遊びは今の若い人が聞いたら、 いい年をしてよくもまあ高い金を使って、 馬鹿みたいな遊びを真面目にできるものだと驚くに違いない。
 リンゴをあごの下で挟み、 手を使わずにそのリンゴをあごの下で挟みとって次の人に回すのである。 これはなかなか難しくて、 相手と体をピッタリと寄せ合って強く抱きかかえ、あごの下を十文字に組み合わせるようにしなければ受け取れない。 これを男性から女性へ、 女性から男性へと回していくのであるから、 見方によってはキスシーン以上に濃厚でお色気のある遊びである。
 コヨリを作って先をカギ形に曲げ、 口をへの字にして下唇を突き出すとシワができる。 このシワにコヨリを挟む。 同じコヨリで作った輪を先に引っ掛け、やはり手を使わずに次の人のコヨリに渡して行く。 顔はすれすれに近ずいている。 下唇を思いっきり突き出してへの字にしなければ輪を受け取る途中でコヨリが唇から落ちてしまう。
 失敗すれば罰があるから、負けてなるかと美しい顔を二目と見られぬ形相にして戦ったものである。
 そして失敗したものえの罰というのは、 大杯になみなみと注いだ酒を一気に飲み干すと言うものであった。
 大体、昔のお座敷遊びは、 客(男性)が三、四名だと芸者さんが同数、あるいは数が多いと言う状態であったから、それは楽しいものであった。
そしてこのようなお色気のある遊びを、 いやらしくなく芸者さんたちを笑わせながらスマートに遊ぶ人が「粋な人」だといわれてモテたのである。
 昔の夢を追っても始まらない。 話を現実に戻そう。
 桐子姐さんが先程の「天使の輪」のシツコイさんをお琴にして演奏を始めたのである。 普通、男性のモノが硬くなってくるとますます指で弾きやすくなるのであるが、 突如!ズシーンとしたものにぶつかり指が動かなくなってしまった。
 「ン! あれっ?」
 と言う感じで視線えを下に落としたのである。
 するとどうだろう。 そこには異様に感じられるほどの大きなものが浴衣を突き上げていたのであった。
 気丈な小福姐さんが飛んできて浴衣のすそをまくった。そこにはビールビンほどの太さもあろうかと思われるズングリしたモノが勢いずいていたのである。
 「あんな怖い思いをしたことは今までにはなかったわ。 あれを見て『天使の輪』の意味はわかったけど、 あんなのにあったら輪だけでは済まず、 天使になってあの世へ行きっきりになってしまうわよ。 大事に使えば一生使えるのだから」
 若い二人がさも恐ろしそうに言うのである。
 「それはさぞ怖かっただろう。 私は気が優しいから、 そんな怖い思いはさせないよ。 だから、 ね、 どうだい? 付き合ってくれよ」
 広井氏は「天使の輪」のシツコイさんに負けぬくらいのしつこさで口説き続けたのであった。、
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