うちのマギーはニューハーフ
  マギーは二代目
 我が家にマギーという犬がいる。 母親はシェットランドシープドッグと言うレッキとした血統書付きの犬である。 しかしマギーの父親は不明なのだ。 だがマギーは柴犬に似ているので父親は多分、柴犬だろうと推測するしかない。
 私の知人の木村さんが家の中で飼っていたシェットランドのメスを、事情があって一日、車庫の中につないでいたら子犬が生まれてしまったと言うのだ。
 「山崎さんの家では前に犬を飼っていたのだから、一匹貰ってくださいよ」
 といわれ、二代目のマギーが誕生したのである。 
 初代のマギーはポメラニアンのメスであった。 成犬になってから我が家の一員になったのであるが、三年程でいなくなってからは、生きものを飼うのは大変だからもう飼うのはやめよう、と家族で話しをしていたのである。
 初代マギーがいなくなって、もう十年近くなる。 動物がいないと全く気が楽なのだ。 家族で子犬を貰うかどうかを相談したら、家内が貰ってもいいわよと言ってくれた。
 私の家内は子供の頃から実家で犬を飼っていた。 実に動物の面倒をよく見てくれるのである。 動物を飼えば病気もするし、いたずらもする。 オシッコ・ウンチの始末も大変だ。 これらの面倒は結局ほとんど家内である。 一日二食のマギーの食事の支度は、全く子供の面倒をみる顔である。 私はどちらかと言うと動物には冷淡で、気が向けば可愛がるが、私の家内のように面倒をみるなど、とても出来ないのだ。 根がズボラな性格なのだろう。
 初代マギーも、まだ娘たちが嫁に行く前で、家族全員で面倒を見るからとの約束であったが、結局は家内一人に負担が掛かってしまったのであった。
 二代目マギーは二人の娘も嫁に出した後なので、家族の一員とするからには福を呼び込むのだとの気持ちから、名前を 「ハッピー」 にしようと決めたのである。

 ところが以前から呼びなれた 「マギー」 がどうしても呼び易い。 特に悪い事をして叱るときはつい 「マギー!」 と言ってしまうのである。
 マギーは女性の名前だそうだが我が家の場合はどちらでも良いだろうと、ハッピーがいつの間にかマギーにすり変わってしまった。 犬も満一歳を過ぎると成犬になるそうである。 オスは成犬になる前に去勢したほうが良いとの話で、我が家のマギーは名前のみでなく、名実ともにニューハーフとなったのであった。

  
マギーは美人がお好き
 
大体、朝の散歩は私の担当である。 七時頃家を出て八時近くまで恵比寿ガーデンプレイスを三周半程歩いてくる。 まず三田交番へ立ち寄って
 「おはようございます。 ご苦労様です」
 と声を掛ける。 これは目黒警察の中で、地域課が主催している「ふれあい連絡協議会」で私が三田交番の会長を務めているからでもある。 雨が降らぬ限り毎日だから私自身にしても良い運動なのだ。
 我が家のマギーも三歳近くまでは全く言うことを聞かず、放したらどこへ飛んで行くか危なかったが、三歳を過ぎてからは落ち着きが出て来て、実に私の言うことを守ってくれる。 
 まず皮ひもはつけているが私が持って歩かなくても私のそばを離れない。 特に朝は人通りが少ないから、皮ひもはマギーの背中に引きずらない程度に丸めて結んである。 また四歳を過ぎてからは気の合う犬、合わない犬を自分で見分け、吠えられる犬は、すれ違うときにそばに寄らずに通り過ぎてゆくのだ。 
 気性の激しい犬とも平気で仲良くするので相手の飼い主さんが
 「うちのは初めての犬とは仲良くしないのに、お宅の犬とはめずらしい」
 とビックリしてくれる。
 道路を横断するときも 「おすわり」 で待たせ、私が先に渡ってから車の来ないのを見極めて
 「吉野屋の牛ドン・吉田拓郎・吉幾三」
 と手を叩きながら大声を出すのだが、これでは知らん顔をして渡ってこない。 あらためて 「よし」 と言って手を叩くと横断歩道を渡ってくるのである。 だからこれを見てくれる人は
 「あら、お利巧さんね」
 と可愛がってくれる。 うちのマギーは褒められると分かるのだろう。 胸を張って,サッサッサと歩くのだ。 特に若い女性に褒められると,いい顔をしてすり寄って行くから,私がすかさず
 「うちのマギーは美人が好きなんですよ」
 と言うのだ。 実に主人の気持ちを察する利口な犬なのである。
 休みの日などは子供たちが寄ってきて
 「おじさん、おじさん。 この犬何犬?」
 「ハーフだよ」
 「ふーん, ハーフ犬か。 おじさん、この犬、おす? めす?」
 「うーん,マギーはね,ニューハーフなんだ」
 「ふーん ? ??」
 分かっているのかな? しかし若いきれいな女性に
 「うちのマギーは美人が好きなんですよ」
 と言うと,マギーを可愛がりながら素直に 「ありがとう」 と言ってくれる女性にめぐり逢うと,本当に俺は良い犬を連れて歩いているんだと思うのである。

  
お前は本当に犬か? 
 うちのマギーは恵比寿ガーデンプレイスの外周道路を散歩している時は自由に歩かせているのだが,それより中に入った時は私の左側にピッタリと付いて歩くように訓練している。 休日の昼間は内側には人が多いから,必ずひもは持って歩くようにしているが,朝は人も少ないから訓練をするのに丁度良い。
 以前は 「ひもを持ってください」 と注意したガードマンも近頃は分かってくれて,何も言わなくなった。
 うちのマギーはガーデンプレイスの中にはいると,全く緊張して私にピッタリ寄り添うようにして歩くのだが,外周道路に出ると開放感からか,あちらこちらに匂いつけのオシッコをしたり,道草を食って遊んだりして私について来ない。
 あまり遊びが過ぎると私は物かげに隠れるのだ。 しばらくして私がいないのに気付いたマギーは懸命に探し回るのだが,見つからない。 キョロキョロしたマギーは車道を渡って探しに行こうとするから,私はあわてて
 「マギー! こら! 」
 と大声を出すと、シマッタという顔をしてシッポを振りながら,すり寄って来るのである。
 「全くお前は犬か? ご主人様の匂いをかぎ分けて探し当てなければ犬じゃないだろう」
 と叱るのである。

 
 被害状況 
 マギーも平成十五年の一月末で満九歳を迎えた。 生まれてから三ヶ月過ぎたころ,木村さんが私の家に連れて来た時は,両手の掌の中で眠っており,ぬいぐるみのように小さかった。
 「もう少し大きくなるまで,母親と一緒にしてやってくれませんか」
 とお願いしたのだが,半月程して
 「大分,大きくなったから,もう大丈夫だと思います」
 と連れて来てくれた時は,もう子犬として走り回るほど,成長していた。 犬の成長とは早いものだと驚いたのである。
 それからの約二年間のイタズラが大変であった。 私の新しい靴がやられた。
玄関に私の靴が片方しかない。おかしいなと探したらマギーの部屋の隅に隠してあり,すでにボロボロに噛まれていたのである。 その後,充分注意をしていたのに私の靴が二足,家内のが一足,皮のスリッパと全く油断もすきもあったものでない。 それも片方ずつなのだ。
 家内が悲鳴をあげている。 家内が一番大切にしている貝の形をデザインした大きい金のイヤリングが,無残に噛まれて変形していたのであった。
 家内が料理の最中,ちょっと目を離したすきにテーブルの上の魚がない。 さてはとマギーの部屋を覗くと,すでに食べ終わって舌なめずりをしていた。
 マギーもいろいろ悪さをしているうちに,こういう事をすると叱られると言う事が分かって来るらしい。 「マギー!」と大きな声を出しただけで,こそこそと自分の部屋へ入って小屋の中で小さくなっている。 しかし,青みの魚を食べたときは中毒症状を起こし,顔のあちこちがぶくぶく膨れだした。 あわてて医者へ連れて行ったが,その治療費が大変であった。
 人間は健康保険があるが犬には保険がないから病気や怪我をすると人間より金が掛かるのだ。 だがいろいろ人の話しを聞く限りでは,うちのマギーは元気で丈夫で,割と金の掛からない部類のようである。

  
俺の役目は何だ
 うちのマギーは外へ出たときは大変お利口さんと言われる犬なのだが,家にいる時は知らない人が来ると吠えまくって大変うるさい。 マギーは番犬としての役目を充分認識しているからなのであろう。
 しかし,息子の高志が帰ってきて裏に車をとめると,四階なのに,それが分かってソワソワし出すのである。
 私の足音も大体聞き分けて吠えることはない。 だけどソフアーで寝ているときに私が急に帰ってくると寝惚けているものだからあわててワンワンと大きな声で吠えるのだが,私だと分かると全くきまりが悪そうな顔で,シッポを振りながらすり寄ってくるのだ。
 犬にも好きな人,嫌いな人はいるらしい。 マギーは我が家に時々来る電気店の社員が特に好きで,彼が来るとなき声まで変わってしまい,もうどうしようもないと言う態度ですり寄って行く。
 大体マギーを通して人をいろいろ見ていると,犬に好かれる人は子供にも好かれる。 子供に好かれるタイプの人は女性にも好かれるようである。
 動物に自然な態度で愛情を注ぐ事の出来る人は,本当に心の温かい人なのであろう。
 私の家内は私に、甘いものを食べ過ぎる,貴方は何でもパクパク食べ過ぎるわよ。 貴方はもう年なのだから遅くまで遊んでいるのは体に良くないから遅くとも十一時までには帰るようにしたら……と口うるさいのだ。 しかし,そのお陰で私は健康を維持していられるのである。
 家内が,うちのマギーに注ぐ愛情を見ていると,家内は間違いなく天国へ行ける女性だと思う。
 その逆に,私は間違いなく地獄行きだから,地獄へ先に行っている私を,後から天国へ来た家内が,手を差し伸べて私を天国へ引き上げてくれるよう,今からお願いしているのである。 ――途中で手を離すなよ―――