生まれ変わった景子 
  白バイが暴走族のリーダー 
 私がまだ22,3歳の頃であった。 目黒で好きなものが集まってオートバイのグループを作っていたのである。 今から42年も前の昭和三十年頃であるから
「雷族」とか「暴走族」と言う言葉が生まれる以前の話であった。
 その頃は今の自動車のようにオートバイが商用や通勤用に使われている時代である。オートバイの性能は現在と比較にならないくらい劣っていたが、また考えようによってはシンプルであったから、修理などは仲間が集まってオートバイ修理屋の指導で自分達で直したものだ。 お陰でそのときの経験が現在でも役立つ事が多いのは有り難いと思う。
 今ではどんな田舎道でもほとんど舗装されているのに、昭和三十年頃の道路は現在とは比べ物にならないくらい悪かった。 しかし車の交通量は少なく、まだまだのんびりとした良き時代であったと懐かしい。
 我々オートバイ仲間のツーリングと言えば、良く伊豆方面へ出向いたものだが、当時の伊豆半島は道路がほとんど舗装されていなかった。
 その道をオートバイでモーモーたる土煙を上げて、6時間くらいで一周して帰って来ると、汗に土ぼこりがくっついてお面をかぶった状態となり、乾くと土がポロポロと顔からはがれた。 若い頃は、そんな顔をカッコイイと得意になっていたものである。
 しかし我が仲間は今の暴走族に比べると、全く他愛もない真面目な集まりであった。 その頃の白バイの警官にも粋な人がいて、東海道で顔見知りとなり、日曜日など我々の集団に出会うと
 「お前達に交通マナーの指導をする。 制限速度のスピードの感覚をを身につけるように……」
 とか言って、集団のリーダー気取りで一時間くらい先頭で一緒に走り
 「お前達と一緒に走っていると楽しいよ!」
 と笑って別れてゆく警官がいたものだ。
  
憧れのチンクシャ姉ちゃん 
 こんな仲間の一人に木場の若旦那の杉山がいた。 彼は当時、我々の垂涎の的であったメグロの650ccに乗っていた。背が高く、男らしい顔立ちで、その上、家柄が良いものだから女の子に大モテにモテたのである。
 杉山のガールフレンドに景子がいた。 彼女は杉山に憧れて熱を上げ、彼を追い回していたが、もてる彼は理想が高く、景子が熱を上げれば上げるほど彼女から逃げ回っていた。
 私は、私が見た限りでは可愛い顔立ちと思っていたのだが、もてる彼は彼女のことを”チンクシャ”(犬のチンがクシャミをした顔)と言うものだから、我々の仲間ではいつの間にか彼女のことを”チンクシャ姉ちゃん”と呼ぶようになっていた。
 そんな彼がある時、彼女を乗せて箱根越えのツーリングをした帰りに、藤沢で追突事故を起こした。 彼は奇跡的にかすり傷程度で済んだが、景子は杉山を飛び越して、追突した車のリアガラスに顔面を激突させたのである。
 幸い命に別状はなかったが、それでも彼女は鼻をつぶして、見るも無残な姿だったそうだ。 しかしこうなったからにはすべて彼の責任である。 責任感の強い彼の事だから必ず責任を取るだろうと我々は信じていた。
 「チンクシャがつぶれたからチングシャになったか。 お前が口悪くチンクシャなどと言うものだからその通りになったのだ。 まあお前も不運な男だな。 運命と思って諦めろ!」
 などと仲間で囃し立てるものだから、彼は青菜に塩と打ちしおれ、また、あの事故を悔やんだり反省したりしていたのである。
 彼女は藤沢の病院へ担ぎ込まれ、入院したまま、約三ヶ月掛けて整形手術を受けたのである。 彼は責任上、仕方なしに、それでもちょくちょく藤沢まで見舞いに出掛けたのはさすがであった。 彼女は彼女で見舞いにくる彼に一言も恨みごとを言わなかったらしい。 それが彼にはなお辛かったようである。
  思わぬ強敵の出現
 彼女は藤沢の病院で三回に分けて手術を受けた。 最初は鼻と口、次が目、最後に皮膚の移植の順序であった。 今なら美容整形は日常茶飯事で、取り立てて話題にするほどのこともないが、当時は美容整形などという言葉のない時代である。 我々の仲間は、よっぽどの大手術と思い胸が痛んだものである。
 ところがところがである。 これが一回ごと、全部成功し、驚くなかれ彼女は見違えるような美人に変身したのであった。 チンクシャといわれるからには鼻に難点があったのであるが、それがなんともチャーミングな鼻となり、二重のパッチリとした目、愛くるしい唇、元来、脚線美とスタイルは抜群であったから、私などには全くまぶしいくらいの美人に見えた。
 彼は事故後、父親よりオートバイを禁止されて乗用車に乗り換えていたが、今度は彼の方が真剣に、猛烈に熱を上げだしたにである。 仕事などはそっちのけで藤沢まで通いつめ、病院へ入り浸りである。 あの青菜に塩の打ちひしがれた姿など想像も出来ない。 全く彼の明るくなったこと。
 彼女が退院後も、彼はいそいそと通院の運転手を務めた。 こうなれば立場は全く逆転である。 景子が杉山の車に乗るときは、彼が車から降りてドアを開けなければ車に乗ろうとしない。 車から降りるときも、外からドアを開けなければ絶対降りないという変貌振りである。 プレイボーイの彼が何たることか。 それでも彼は喜々としてそれを務めた。
 ところが、ここで思いもかけぬ強敵が彼の前に現れたのである。 
 景子の手術を担当したのは、インターン終了後の若い医者であるが、第一回の手術の成功ですっかり自信を深め、第二回で気を良くして心に余裕が出来、
第三回は全精力を打ち込んで実力以上の力を発揮してしまった。最後の手術の時は、三日三晩この若い医者が付き添い、一睡もしなかったという。
 ──使用前、使用後のこれほどはっきりとしたサンプルはまたとあろうか?
 この若い医者は、己が全知全能を打ち込んで制作した芸術作品を、他人に取られてたまるかと杉山の前に立ちはだかったのである。
 杉山が景子を病院へ連れてきても
 「今日は何々の検査をします」とか「何々のテストをしなければならないので、当分時間が掛かります」
 とか言って、自分の部屋に閉じ込めて帰さない。 夕方まで、杉山が待合室でポケーと待っていると
 「家族に注意しておくことがあるから、私が送って行きます」
 何を注意すると言うのだろうか。 仕方なしに彼は淋しく帰ることになる。
 杉山はあらゆる誠意を尽くして景子に迫ったが、こうなれば景子の人生を全く変えてくれた、この頼りがいのある若い医者の敵ではなかった。 この木場の若旦那は悲しくも哀れに失恋の憂き目を見る結果となった。
 この若い医者はこの成功にすっかり自信を深め、その後、東京都内に独立して美容整形病院の院長として大成し、今ではすっかり有名となっている。
 景子はその院長夫人として今でも美貌を輝かせて、幸せな生活を送っているのであった。

  
ショートショート
  充分すぎる
 手の早い男が旅先のホテルへ入って行くと、ロビーでグラマーな美人を見つけた。 いつもの手で早速話しをまとめ、一緒に泊まることになった。 
 フロントで「渡辺夫妻」と署名して、予期せぬ楽しい二日間を過ごした。
 「何かプレゼントしようか?それとも現金の方がいいかい?」
 「いいえ、何もいりません。 渡辺の妻で過ごさせて頂いただけで充分です」
 彼女は慎ましく顔を横に振って別れていった。
 「やっぱり俺の腕はたいしたものだ。 うまくしてやった」
 彼は得意になってホテルを引き上げるべくボーイに計算書を持ってこさせた。
ところが驚いたことに50万円也と書いてあった。
 「君、これは何かの間違いだろう。僕はたった二晩泊ったきリだぜ」
 「はい、おっしゃる通りでございます。 しかし奥様が一ヶ月も滞在なされ、その間のお買い物が20万円ございますから」